2025年03月02日

エゾ鹿ボウハンティングの可能性。その3:ボウハンティングは高効率。

  ボウハンティングは銃より高効率。
ボウはライフル銃に比べれば、超短射程であり、比較にならない程捕獲能力の低い狩猟道具です。しかし獲物を追い払う能力は、ライフル銃比べ桁違いに低いのも事実です。

その為ボウハンティングはアメリカに於いて、銃を使った猟より、圧倒的な確率で獲物に射程内で出会え、また捕獲率に於いても銃猟を大きく上廻っています。

保護区や銃禁地域は当然目的の野性鳥獣保護の為に、また住宅地等を守る為にも、銃の使用は控えるべきですが、射程が30m程度で、待ち屋から30度の撃ち降ろし、流れ矢による被害も発生しない様な設備で開設するボウハンティングであれば、目的の鳥獣の保護等は達成され、30m以内の目視ですから混獲の恐れもなく、安全性にも問題はありません。

積雪期以降になれば、絶好のチャンスです。
干し草等でエゾ鹿を誘き寄せ、待ち屋から弓を撃つ事は可能です。

ボウハンティングは音がしないので1度発射或いは捕獲で追払っても、1週間程度でまた別の鹿が来る様になり、出会い率・捕獲率も銃を使う現状のエゾ鹿猟より全般的には大幅に高く、それなりの数の待ち屋を用意すれば、日の出・日没までに縛られている、現状の銃より銃禁や保護区のエゾ鹿の害獣駆除面で大きな効果があると思われます。

ボウハンティングは鹿を追い払う事が少なく、銃と違い遥かに狭いエリアにも海外からの狩猟客多数を迎える事が可能であり、日本の狩猟法が弓矢を全面的に禁止している項目と狩猟制度を改訂すれば、重要な産業に発展する可能性があります。

アメリカのライフルハンターは1370万人、人気のボウハンターはボウ協会登録者2200万人の55%、未登録者まで入れれば3000万人とも言われ、登録不要なボウハンターの正確な数が判りません。

             鹿猟の待ち屋。    分解式待ち屋。        発射直前のボウ。

ケンさんがアラスカ北部ツンドラ保護区で体験したボウの巻狩りは、渦巻き状に歩きながら輪を徐々に狭くして行く、眞に言葉通りの巻狩りと言える物でした。3人組がちょうど始め様としており、フォトOK?と申し入れた所、スペアの弓があるので、お前も参加しろと言う事になりました。アラスカ北部は保護区となっていますが、ボウハンティングだけが可能です。

銃で撃たれないカリブーは100m以上離れれば、人間の存在を全く気にしません。遠巻きに囲い込み、当初は直径200m位から始まり、その輪を渦巻き状に徐々に小さくして行きます。

やがて人間の企みに気が付き、囲みの薄い所を突破しようとしますが、そうはさせじと両側の射手が走ってそこを狭くし断念させます。結局最後は何処かを強行突破し、その時が射撃チャンスになります。

その最後はケンさんの30m先を全速で突っ走って抜け様とし、ケンさんは愛用のアーチェリー感覚で照準器を使わずに矢を発射しました。

30m先を走るカリブーに思い切りスイングし、照準は落差少々、リードはライフルの10倍位の感触のスイングショットで、前過ぎたかと思う位のリードを取って矢を放ちました。

当初矢は直前を通過してしまうかに見えましたが、突然矢が見えなくなり、同時にカリブーの走行速度が低下し、そして数十mで倒れました。

ボウ本体は国内価格で2.5~5万円でフルセットが販売されていますが、本格的ボウ10万円前後、矢1000∼2000円、鏃200~600円程度、アメリカでは1/10~1/2で購入出来ます。

3000万人が年に12本の矢を購入すれば36百万本、中写真の小さなショップでも相当数が販売しており、日本人が思っているより遥か
に巨大な市場なのです。

          アメリカの田舎の銃砲店ボウとアロウ。     捕獲したホワイトテール鹿。

更にボウハンティングは日本人が思っている以上に優れた猟法です。原理的に追い払わないので 銃より遥かに高い出会い率&捕獲率が可能となり、故にハンターには高人気です。

また大きな狩猟効果及び駆除効果を生んでいます。待ち屋設備も1戸が高く見て数十万円程度、ボウハンティグガイドは高度な特殊センスを必要としない、効率の良い捕獲方法になるのです。

銃に依る駆除に慣れたエゾ鹿に出会う事は、昨今の北海道でも特別なセンスを必要としますが、ボウハンティグは銃に比べ圧倒的に獲物を驚かせない為、数日静かにすれば獲物はまた戻って来ます。

ボウハンティング以外の銃に依るハンティングでも、例えば西興部の有料猟区に於けるエゾ鹿ガイド猟は、海外から見ればかなり魅力的です。

4日猟で写真よりやや小さい角長70㎝クラスの大物鹿と勝負が目的であり、可能性は十分です。100m前後の発砲チャンスが無ければ客は不満足ですが、失中は自分のミスですから獲れなかった事に対しては怒りません。

日本鹿の事を英語ではDeer Japanではなく、「Sika Deer」と言います。日本鹿は世界的な鹿なのです。エゾ鹿は日本鹿の亜種ですが、特に大きく完全なワールドサイズであります。

世界で狩猟されているシカディアは本州鹿ではなく「満州鹿」の事を指し、血統的には概ねエゾ鹿であり、アメリカのミュール鹿やホワイトテール鹿と概ね同等サイズです。

ニュージーランドやヨーロッパの幾つかの国やアメリカでは「シカディア」と言う名称で、移入されており、ニュージーランドでは満州産のエゾ鹿を養殖しています。また「エゾ鹿」は美味しい事でも有名です。

これを捕獲する1週間のツアーは、雑誌の特集記事になる程の高人気なのです。
北海道の本物の「シカディア」であるエゾ鹿猟は、アメリカの野性鹿や養殖シカディア猟より、遥かに恵まれた環境にある事はすでにお話した通りです。

日本の鹿は法律では誰の物ではなく、強いて 言うならば国有物です。国有の鹿が国民の財産を侵害するので、国は天文学的な費用を掛けて、国民の財産を守ろうとし、また鹿の数を減少させ様としています。これが日本の現状です。

海外ではそこに住む野生動物は土地所有者の物です。従ってそこで狩猟をさせてもらう為に土地 所有者にお金を払い、獲れたら(含む未回収)それなりの料金となります。

アフリカのファームには野性動物も住んでいますが、ファームでは自分の財産である動物が逃げない様に自前で柵を作っています。

日本も法律を変え、鹿は土地所有者の物とし、エゾ鹿猟で土地所有者が儲かる様にすれば、鹿の被害防止に掛ける天文学的予算も大幅減になると思われます。

また法律を変え、ボウハンティングを可能とし、認可猟区内のガイド猟限定で、ガイド所有のレンタル銃で、外国人等にも猟をさせるべき だと思います。これも国防費の無駄と共に、非常に勿体ないお金の使い方です。

ハンティング産業は日本人が思っているより遥かの巨大です。
毎年ラスべガスで行われるガンショー(SHOT SHOW)に2004年に取材で行った事がありますが、会場は3日掛けても廻り切れない程の巨大な広さでした。

銃と弾に始まり、銃用品、狩猟用品、車用品、狩猟用待ち屋や、牧草の種や肥料、狩猟用バギーの農業用アタッチメント、剥製やインテリア用品等の様々な業界の及ぶ事が良く分かりました。

会場中がこんな感じで各メーカーの銃が溢れています。

全米射撃大会が行われる射撃場は50面、大型キャンピングカー400台がキャンプ出来る環境であり、専用の飛行場も付いています。射撃は5ポジションのアメリカントラップです。
  


Posted by little-ken  at 13:22ハンティング

2025年02月27日

エゾ鹿のボウハンティング。その2:アメリカの現状と射程距離の変化。

  日本とアメリカの比較。
アメリカは従来鹿に依る農林業への被害は少なかったのですが、昨今はハンターの減少もあり、鹿が増殖し過ぎ、狩猟期間等が延長される傾向となって来ました。

アメリカにもボウやショットガンオンリーと言う、狩猟制度があります。
半矢が多いバックショットは禁止、サボットスラグはフルライフル銃身です。
日本に輸入するとそれではライフル銃になってしまい、ライフル長を50%未満に加工しています。

ライフル銃をノーライフルに加工しただけの、非ライフル銃も極初期には存在しましたが、ライフル弾の撃てる銃はライフル銃と言う項目が追加され、該当銃は410番散弾銃に強制加工されました。

また1時期は44マグナム弾を2倍に伸ばした444マーリンライフル弾のライフル銃をハーフライフルに加工した銃が、北海道を中心に流行しましたが、これも同様のノーライフルに加工されました。

444マーリンのハーフライフルも同じ扱いとなりましたが、強制ではなく、そのまま運用も可能で、名義変更不可と言われていましたが、それもなし崩され1時期プレミアムとなりましたが、リロード資材の入手困難から意味のない銃になりつつあります。ノーライフルとなった410番は実用性ゼロでした。

アメリカの総人口は3.3億人、ハンター数は1300万人、捕獲された鹿は600万頭、ハンター1人当たりで0.46頭/年。対する日本は総人口1.2億人、ハンター数15万人、人口比で見るとアメリカの3%程度しかハンターはいませんが、捕獲された鹿の数は15万頭、ハンター1人当たりで概ね1頭/年です。

日本はアメリカより2倍以上の鹿捕獲がある事になります。
北海道だけで見ますと、人口500万人、ハンター数北海道7000人+外来1000人=8000人、狩猟で捕獲されるエゾ鹿は8万頭/年、ハンター1人当たり10頭となりました。

本州から行けば10頭獲れる訳ではありませんが、日本の5倍、アメリカの22倍になり、鹿猟の捕獲可能性が桁違いに高い事が判ります。

アメリカのボウ愛好者は全米ボウ愛好協会によりますと、会員2200万人、ボウハンティングをする率は55%だそうです。

ボウ会員外ハンターもたくさんおり、ハンター数も捕獲数等も不明ですが、言える事は銃に依るハンティングより、出会い率も捕獲率も圧倒的に高く、高人気なのだそうです。


  野生動物の射程距離変化。
ならば北海道のエゾ鹿猟に於けるボウハンティングは可能か?   銃猟可能地域では難しいと言えますが、銃猟禁止区域や保護区であれば、可能性は十分と思われます。

エゾ鹿の被害は留まる所を知らずに増え続けており、昨今は年に14~15万頭程が捕獲されますが、法律による銃の発砲制限から、法を大幅に改善しない限り、大幅に捕獲を増す事は難しい現状にあります。

 3-1.撃たれればドンドン遠くなる射程距離。
どの動物でもそうですが、1度撃たれればその距離にはいなくなり、当分同じ手は喰いません。
ノーライフル銃身から丸弾を撃っていた1990年以前は、命中しない30m以遠を誰も撃たず、エゾ鹿は50mから居ました。

やがてライフル銃の普及で100m弱まで撃つ人が増え、昨今ではエゾ鹿は150m前後に居ます。その理由は150m実戦能力を持つハンターが少ないからです。

アフリカ猟で最も高人気なクドウの場合ですと、5才未満は保護ですが、5才でデビューとなり、50~100mの勝負を受けます。

これが命中すればそれで終わりとなりますが、生き残れば次からは150m以遠に生息します。一般ハンターの射撃能力は100m程度までですから、150m以遠は撃つ人は多少は少なくなりますが、しかし150mはまだまだ撃ち頃の距離ですから、撃つ人もかなりいます。

これを生き延びれば、次は250m前後にいる様になります。250mを撃つ人が激減、獲物は大きく育ちますが、大物になれば少数派の大物狙いハンターが未回収リスク覚悟でこれに挑戦します。生き延びれば次は350mクラスに生息する様になります。

300m超えは一般のライフル銃限界を超え、これを撃つハンターは超激減します。
するとクドウは更に大きく限界付近まで成長し、やがて寿命で自然死します。

ケンさんがナミビアで「380mの待ってたホイ」射撃で捕獲したナミビアの歴代25位のクドウもそんな年齢でした。


 3‐2.撃たなければドンドン近くなる射程距離。
上記は撃てば、射程が伸びる事例ですが、その反対側もあり得る訳で、誰も撃たなければ、公園の鹿並に30m前後まで逃げなくなります。

撃たれたと言う認識が少ないボウハンティングであれば、撃たれた群れでも1週間もすればまた戻って来ます。

エゾ鹿の場合は概ね6日サイクルの季節的移動をしますから、1週間でもっと確実に新しい群れに更新され、より対処し易くなります。

エゾ鹿は概ね6日サイクルの悪天候明けに山から降りて来ます。
その初日に出る様な場所はある程度特定出来ます。
以後も少しずつ移動しながら、下って行きます。

そんな状態ですから、その様な場所で銃を使うハンターが来ない所であれば、ボウハンティングが可能と言えます。

1週間後にはまた新しい鹿が来てくれますから、そんな待ち屋を7個ほど用意しておけば、常時ボウハンターを受け入れる事が可能となります。

そしてこの手法は駆除に於いても有効と言えます。従来は保護区や銃禁地区に入られれば特別駆除以外はどうしようもなかったのですが、そのエリア内でもボウハンティングであれば、有効射程が30mと著しく短い事、音が殆どしない事、それらの理由から駆除は実行可能です。

そう言う様な構造ですから、銃で追われ続け利口になった鹿に出会うには特別なセンスが必要で、10人に1人もいませんが、ボウハンティングガイドは鹿に出会う為の特別なセンスを必要としません。

北海道には保護区がたくさんあります。それなりの設定理由はあり、それはそれで良いと思いますが、しかしそこがしばしばエゾ鹿の生息地にもなっています。

また市街地に近い所を初めとする銃猟禁止地域もたくさんあり、そこもエゾ鹿のサンクチュアリになってしまいます。鹿の被害を少しでも減らすと言う時に、その様な場所がある事が不思議です。



  


Posted by little-ken  at 15:08ハンティング

2025年02月25日

エゾ鹿ボウハンティングの可能性。その1:ハーフライフル。

この所は御無沙汰が続きました。狩猟大全集「Final版」の差し替え版をまとめておりました。
ケンさんの健康状態は余り良いとも言えませんが、低空飛行が続いております。

差し替え版は従来と思考を少し変え、全部で約60のテーマとなりますが、1つずつが独立したお話となり、従来は内容がダブル事をなるべく避けておりましたが、ダブる事で従来より詳細が理解頂ける様になるだろうと言う考えに換えました。内容も多少進化してます、御期待下さい。

エゾ鹿猟が世界的に見ても十分な魅力があり、また北海道のエゾ鹿猟が国際的に見て超素晴らしい環境である事は毎度申し上げている通りです。この所のエゾ鹿猟は駆除が多くなり、利口になったエゾ鹿と出会う事は従来よりかなり難しくなりました。



  ハーフライフルサボットスラグ銃とノーライフルスラグ銃。
又サボットスラグ銃の取り扱いが2023年長野の「青木」が近所の老婦人2名を刺し殺し、駆け付けた警官2名を現役猟銃で射殺と言うバカな事件を起こしたおかげで、ハーフライフル(サボットスラグ銃)の許可基準が一気に難しくなりました。

要装薬銃10年の経験の上、更に1/2ライフルではなく1/5ライフルになり、一方現状のライフル銃はそのままと言う、非常にチグハグな状態になりました。

猟友会のハンターは過半が60歳以上、エゾ鹿の駆除も、高齢戦力外では能力不足となり、現在は銃経験10年未満の若いハンターの戦力の比率が大きくなりました。そんな事からエゾ鹿駆除用として初年度から従来通りのハーフライフルも所持出来る通達で救済が行われ様としています。

北海道以外でもこの通達があれば、所持は可能と一応はなっていますが、まだ詳細は不明ですが、何にしても言える事は駆除の為の特例所持ですから、エゾ鹿猟をしなけば即座返納しなければなりません。

10年でライフル銃所得が可能ならば、誰も精度能力の低下した1/5ライフルのサボットスラグ銃を購入する人は誰もいなくなります。

その1/5ライフル銃の精度的性能は、実物が無いので誰も正しい見解を出す事が出来ませんが、かつてミロクのMSS-20(ノーライフル)に外付けライフルチョークと言うのがありました。

MSS-20は当初外付けチョークなしでしたが、やがて交換チョーク付となり、そしてまた交換チョークなしに戻りました。各地のスラグ射撃大会ではMSS‐20が上位独占常連ですが、信じられない事にライフルチョーク付では勝てず、ノーライフルの方が高精度の様です。アポロ弾の相性が良い様です。

猪鹿庁 安田大介氏のブログ https://note.com/inoshika_yasuda/n/n9cf9a1527bb5 に依れば、20番ハーフライフルサベージ220からミロクのMSS-20スラグ銃に変えました。

ライフルチョークなしで100m級狙撃(最大130m)を達成し、1シーズンに36頭を捕獲されておられます。弾はレッドバードです。サベージから交換に至った理由は、弾代の1000円/発から300円/発の価格差だそうです。

ハイキングハンティング氏のブログ http://lilosolohunter.com/blog-entry-317 に依れば100mで5発が44㎜に納まっています。こちらも弾はレッドバードの様です。

また彼以外のブログも、新式のスラグ弾は中々の好成績の様です。写真のワンホールは50m射撃です。100mは落差大ですが、10㎝弱程度で、使えなくは無さそうですが、小口径で空気抵抗が少ないサボットスラグ弾の方が、100~150mの遠射性能は優れている様です。


昔のノーライフル銃ではフォスタースラグ時50m、ブレネッキスラグ時80mでしたが、そうしたデータからすれば、100mまでならノーライフルスラグ銃でも何とかなりそうです。

ケンさんスクール時代の約半数がハーフライフルのサボットスラグ銃でしたが、120m以遠の射撃を成功させた生徒は100名中で誰もいなかった事から、サボットスラグ銃に拘る必要はもう無くなったのかも知れません。

エゾ鹿猟にはそれなりの精度の銃は必要ですが、銃があれば全て解決するのではなく、最終的には射撃技術です。


  


Posted by little-ken  at 16:12ハンティング

2024年11月14日

皆さんに伝えたい事。その14と15:ライフルと散弾の特殊効果。

  14鹿の急所と特殊効果。
エゾ鹿は全般に撃たれ強く、急所ヒットしないと捕獲出来ません。
一般的心臓ポイントは動脈出口ヒット以外は即倒せず、心臓ヒットでも最大数百m走ります。

他にも急所は幾つかありますが、写真の前足軸線上の背骨との交点「ナミビアポイント」を骨をも砕く銅弾で撃ち抜けば、308でも確率100%で即倒します。

2007年からケンさんは従来の心臓ポイントからナミビアポイントに換えました。
その結果、超大物捕獲成功率は5倍に向上し、生徒による超大物もナミビアポイントにより、捕獲可能となりました。

急所を正しくヒットすれば「パワーに無関係」となり、ナミビアポイントの実用化で、エゾ鹿にマグナムは不要が完全に確立され、命中率の良い安価な口径が一段と好まれる様になりました。

  
  15散弾銃の特殊効果。
同様にパワー無関係の散弾銃版が、「上半身3粒被弾で即死撃墜」の「ショットガン効果」でした。
旧来よりも遥かに小粒散弾が、圧倒的に撃墜率の高い事が分かりました。

フルチョークと2.4㎜粒400個7.5号トラップ装弾32gが、50mまでカモ猟でも3粒の密度をキープ出来、最強と言えました。

我が国最大狩猟鳥である、カルガモ&マガモクラスにも勿論有効、鳥用狩猟装弾は7.5号と小鳥用に9号の射撃用装弾があれば、それで事足りる事になりました。

但し運用上の注意で、小粒弾は途中弾速低下が大きく、6号装弾50mで調度リードが合っている場合、そのまま7.5号を撃つとパターンの端しか掛からず、7.5号を非力と感じます。

しかし、リードを追加すれば、6号では粒数不足で満たせなかったショットガン効果3粒被弾撃墜を満たし、圧倒的撃墜率となります。
マーリン40インチ
1時期カモ撃ち用にMax40インチの散弾銃が流行しました。銃身が長い事は遠射性能向上にはなりませんが、引き止まり弊害軽減効果はありました。

散弾銃は動バランス的には先重の銃が優れており、長銃身や2連銃身の方が優れていました。
ケンさんも長らく30インチフルチョークのオートを多用しましたが、長過ぎるので22インチ銃を試し、結局はフロントバランサーを付けた24㌅に落ち着きました。

24㌅のSKB1900改は我ながら良い出来で、フィールドトラップ15mで54枚連続、5mダブルトラップでは58枚連続ヒット、カルガモ駆除では28チャンス50発から32羽を捕獲しました。
国内猟では最高捕獲数と最大命中率の記録となりました。

鹿猪用には同様に「ショットガン効果」が使えるのは4号バックショット6.1㎜27粒弾が最強で、射程距に応じたチョークを選べば、巻狩りの20mから、流し猟の50mまで全ての銃種中で最強と言えました。

千葉や伊豆大島で猛威を振るっている小型の鹿の仲間である「キヨン」に対しては、フルチョークと 4㎜粒が80個の1号散弾が、50mまで有効にショットガン効果が使え、最強と思われます。

こうして見ると1854年に発明された散弾銃のチョークは、射程を大きく伸ばしてくれました。
これに1970年前後から実用化されたプラ薬莢高速装弾により、「3粒被弾撃墜のショットガン効果」が50mまで使える様になり、散弾銃が最強となりました。

散弾粒サイズは獲物の大きさにより選択、前提条件は3粒ヒットが得られる様に、カモは2.4㎜粒400個の7.5号トラップ射撃装弾、猿は4㎜粒80個の1号散弾、狐には3.3㎜粒150個の4号装弾が最適です。

1970年代前半、ケンさんがまだ2連銃の頃、有名カモ撃ち猟場に行ってみました。
当時はビロードキンクロと言う、カルガモより数割大きなカモが多数飛来しました。

群れは20羽前後が数分毎に飛来、高度は50m強、射手は50人以上が2m毎に並び、群れが来ると、4.6㎜粒55個のBB装弾を各人3発、合計150発以上が打ち上げられました。

数羽が飛行継続困難となり、多くはかなり遠方の海上に不時着、未回収となりました。
稀にラッキー ショットで、近くに落ちた即死に近い撃墜だけが回収されました。

回収率は数%未満、「手を上げた」人の物になりました。やがて全員に順番が廻りますが、弾数概ね100発に1羽と言う感じの酷い狩猟でした。また回収率数%未満は半矢カモには気の毒過ぎる狩猟でした。

これに比べれば散弾粒が小さ過ぎて、効果があるのかと思える程の小粒弾が最強なのですから、「ショットガン効果」と言うのは非常に有難い効果であり、散弾銃猟では絶対に忘れてはならない条件が「3粒被弾」です。

これ故に散弾銃は1桁強力になり、これを満たさない散弾銃猟では上記カモ撃ちの様に極稀れなラッキーショット以外、捕獲の可能性は概ねゼロでした。

7.5号装弾を使って直径10㎝の円に3粒被弾が可能なのは、多くの人が常用するインプシリンダー では下表の様に40mまでとなり、50mまで3粒をキープ出来るのはフルチョークだけとなりました。

  散弾号数 直径 何個/32g  40mインプ 50mインプ  40mフル   50mフル  備考
     7.5   2.41   400     3.14      2.09     4.40    3.08粒 

従ってショットガンで使い熟すべきはヒット率やや低下しますがフルチョークと言う事になり、弾速低下分のリード追加感覚を掴む事です。

射撃は絶妙なバランスの上に成立しており、銃身長を変える事はバランスに大きな影響を与えますが、散弾号数変えもリードが大きく変化し、大幅不利になります。 
ケンさんは何時もフルチョーク、弾は7.5号で通していました。

同様にライフルでは距離によってズーム倍率を変える人が多いですが、ケンさんはこれもブレ感覚が変わる為、ズーム倍率は変えない方をお奨めしています。

ブレは初回通過で撃ちたい所ですが、2~3回で合わせられればマズマズです。ブレの感覚が変わってしまえば、早期発砲が難しくなります。

因みにケンさんは6倍固定のスコープの方が同じ6倍でもズームより視野が広く明るいので、それが欲しかったのですが販売されてなく、やむなく3~9ズームを6倍固定で運用しておりました。

H&Kオートの頃は視力も良かったので4倍固定のタスコを使い、2002年の1ホールも4倍固定タスコで出しました。

その後視力の低下で目標が見え難くなり、それでリューポルド3~9ズームを6倍固定で運用していました。半委託380m遠射や全依託540mも6倍で出しました。

ドットサイト・ホローサイトの類は斜めから見ても照準出来る事をメリットとしていますが、そもそも斜め照準から冷静な射撃を決められる筈がありません。

真正面に捉えられる正しいスナップショットをマスターするのが1番の近道と言えます。
昔から未熟をカバーする照準器は後付けスコープや着脱スコープを含め多数がありましたが、本当に役立った物は、スコープ専用銃となった時のスコープだけでした。  
  


Posted by little-ken  at 10:56ハンティング

2024年11月10日

皆さんに伝えたい事。その12と13:エゾ鹿の習性、ナンバーランキングのオス。

  12エゾ鹿の習性。
エゾ鹿は本州鹿と違い、季節移動をします。
10月末頃の高い山に冠雪があると山を降り始めます。
行動する日は概ね6日サイクルの悪天候明けの朝、「フィーバー日」と呼んでおり、それ以外は移動しません。10月25日~11月15日頃まで約1か月弱続きます。

ケンさんスクールや西興部猟区はこの鹿が冠雪により山から降りる時期と、繁殖が重なる事から、その時期は類稀な好猟場となります。

全員に3段角を捕獲させたいと思っているケンさんは、スクールをこの時期しか開講せずでした。

ハンターの求めるのは言うまでもなく、3段角大物オス鹿です。
猟区の解禁は猟区9月15日~、乱場は10月1日~となり、共に解禁は獲れそうに思えますが、いるのは時期的に地付きのメスや小物が 多く、獲れ難く且つ内容的に魅力的で有りません。

魅力が増すのは繁殖期に入ると、3段角大物鹿が後述で詳しく説明しますが、広い場所で自己アピールをします。これは射程距離がややありますが、出会い数も大物率も高く、しかも照準時間が貰え易いベストチャンスとなります。

以前は越冬地への移動途中の、クリスマス前と正月明けシーズンの根室でも開講していました。
根室は鹿が多く、長射程ですが、角長80㎝を超える超大物が多いのが特徴です。
ケンさんも80㎝級超大物の70%は根室で捕獲しました。
しかし根室は時々ブリザードで飛行機欠航リスクがあります。

ブリザードは2~3日程続く事が多く、ブリザードが終わりしばらくの後には超大物ズラズラ、且つてこれに遭遇した根室会員10人全員が超大物を捕獲出来た事もありますが、射程150~200mの高難度射撃が要求されます。

スクールの生徒は半数がサボットスラグ銃、射撃距離150m超えはサボットスラグ銃向きではなく、根室スクールは長射程と飛行機欠航リスクにビビり、誰も来ないので2012年以降は開講されなくなりました。

ケンさん捕獲エゾ鹿は1051頭、80%以上が根室捕獲でした。
ケンさんに言わせれば、射撃条件は高難度ですが、大物との出会いが多い根室猟こそが、エゾ鹿猟の神髄だと思います。


  13繁殖期の鹿の行動:ナンバーランキングのオス。
エゾ鹿の基本群れはメス5~10頭を中心に、ボスが群れを仕切り、そして群れの周辺にはNO.2以降のオスが控えています。

繁殖期の朝、メスの群れとボスが引き上げると、NO.2が近くの広い場所で 「我ここにあり」をアピールし、NO.2が引き上げると、その近くでNO.3が行い、NO.3が引き上げると、No.4が同様にアピール、徐々に狭い場所でアピールが行われる様になります。

その場所で隠れて待てば、3段角大中小3頭が獲れるのか?  
絶対に隠密がバレ、1頭も視界内に姿を出しません。

 ボス級  :ライキングの1位の群の雄鹿です。角長80㎝前後、ハンターが焦がれる本格的なエゾ鹿猟となりますが、時間外が多くなります。

ボスに勝つ為には5ランク中の2番目の迫力負け対策と、200m級アバウト早撃ち技術が必要となります。銃を向けると5秒で動く鹿が多く、3秒で撃てると心強いです。

これに勝つ為には対戦5度で概ね乗り切れますが、生息数が急速に少なくなり、自然対戦では困難で、イメージトレーニングが不可欠になります。

 NO.2  :群の雄のライキングの2番目の鹿。角長75㎝前後、要3番目迫力負け対策です。
このクラスは鹿の習性上射距離150m以遠が多くなります。朝が暗い日は高確率です。
このクラスまでは生息数も多く、西興部でも数年通えばOKです。

 NO.4  :群の雄ライキングの4番目の鹿です。
3段角になったばかりの角長50㎝程度、迫力負けが少し起り、これが起これば5対戦で超えるまで捕獲に至りません。迫力負けは射手の体格より獲物の方が大きい事によって起こり、足が地に着かない射撃となります。
ケンさんスクールでは平均的に初回遠征の3日目に捕獲に至れました。

悪天候明けに最初に出る場所は、山の谷筋に直接続ながる場所で、翌日は数㎞下流側となります。一般的に対戦相手が大きくなればなるほど、迫力負け難度が上がり、射程距離は長くなり、照準時間は短くなり、不利の塊の射撃になりますが、これらに負けない狩猟こそが本物の狩猟と言えます。

エゾ鹿大物は被弾強く、それらの不利に打ち勝ち、速やか且つ正確にナミビアポイントをヒットしないと未回収となります。ケンさんも永らくこれには泣かされました。

昨今は銃を向けると5秒で動く鹿が 多くなり、3秒照準の早撃ちを要します。
エゾ鹿大物猟こそが、皆さんの求める本物の猟と言えます。

夕方にはやや不完全ですが、朝のアピールからそれ程離れていない所で、反対の順番でこれが行われ、これらの場所を心得ていればNO.2クラスまでの大物捕獲はそれ程難しくはありません。

翌日以降は数㎞下流側に移動し、出会い率は徐々に低下しますが、6日目には次のフィーバーが 始まります。通常のフィーバーは半日で終わりますが、シーズンに1~2回あるビッグフィーバーでは 最長3日続く事もあります。
過去最大は2007年に5日続き、この間に50頭を捕獲したのが最高記録です。

  


Posted by little-ken  at 09:06ハンティング

2024年11月08日

皆さんに伝えたい事。その11,難しいエゾ鹿猟。

  11エゾ鹿猟は難しい。
狩猟は獲物と射程内で出会えなければ始まりません。
所が獲物との出会いを作れるハンターは非常に僅かです。
ケンさんはその特殊能力を持っていますが、これが出来るまでに10数年を要しました。

エゾ鹿猟は1990年頃に日本の銃販売業者が、ライフル銃を売ろうとして作り上げたブームです。

狩猟雑誌「狩猟界」も全面的協力し、作為的と思われる流し猟成功例の記事多数を載せ、行けばエゾ鹿は道端に多数おり、誰でも簡単に獲れる様に思わせました。

それで我と思わんハンター達がライフル銃を手にし、ピークシーズン時には3000人以上が北海道狩猟登録をしました。ライフル銃の高性能には誰もが憧れ、それほど高額でもなく、銃自体はその10倍以上売れたと思われます。

ケンさんの地元近隣猟友会からも3組がエゾ鹿のガイドレス流し猟に挑戦しました。
狙うは休猟区明けの解禁、林道には100mに1台以上の流し猟の車が走っていました。

解禁と共に10秒ほど連続で銃声が鳴り響き、その後も散発的に銃声がしましたが、10分もすると静かな山に戻り、その後の数日は鹿が動けばヤバいと感じ、全く動かなくなってしまいました。

エゾ鹿解禁猟は実質僅か10分で終わり、最初の数分で鹿に出会えた、幸運だった僅かのハンターを除き、概ね殆どが出会いゼロでした。

またエゾ鹿は50m前後にいましたが、右写真の3頭の左や中央の様に丸見えの事は少なく、多くは右側の様に殆ど隠れて見えました。しかも多くても1日数回以下、目視発見もかなり絶望的でした。

林道数㎞毎に捕獲痕跡がありましたが、成功者は解禁数分で鹿に出会え、50m射撃も成功した僅かな人だけでした。本州ハンターの70%以上は50m能力なしでした。

遠征者の射撃能力からすれば撃ってもそれ程は命中しないと思われますが、その機会すら得られず、近隣猟友会からの流し猟3組は全チーム完敗でした。

3組共懲りずに翌年も翌々年も遠征しましたが、結果は同じでした。3年連続全面的敗戦で獲れないと悟り、諦めと悟りました。

ガイド代不要な民宿巻狩りを行ったグループも多数いました。ケンさんも最初はここから始まりました。民宿巻狩りコースはガイド捕獲の鹿肉(1日2頭前後)からの分配があり、ガイドの獲った鹿で記念撮影が出来、ライフル銃は写真撮影の小道具に留まりましたが、その写真や土産から、手ブラの流し猟より良いので、やがて人気が大幅に上がりました。

ケンさんも民宿巻狩り自体は3年間で正味21日行いましたが、本州巻狩りに開眼し、3週連続捕獲の実績を以ってしても、出会いは得られずでした。

しかしケンさんは往復行程の乱戦で毎シーズン1頭強を捕獲していました。それで流し猟に転向、概ね1日に1頭を捕獲出来ましたが、それは例外でした。流し猟組は先の地元近隣猟友会有志も全滅、更に民宿同宿者3組も3シーズン毎年違う全てが全滅でした。

そんな人達もやがて3年連続 敗戦で諦めました。
ケンさんは例外組であり、出会い能力があり、鹿のオーラを感じられ、それを視力4.0で発見出来、スナップショットと100m射撃能力とランニング射撃能力で捕獲出来ました。

少数のグループは、最高捕獲率と言われるガイド付流し猟に、高額ガイド料で挑戦しました。
捕獲は射撃技術も関係しますが、出会いはガイドの技量次第でした。

最も高確率でエゾ鹿が獲れる筈でしたが、エゾ鹿猟ブームに悪乗りし、出会いを作れない地元詐欺ガイド多数が横行、多数と言うより殆んどがその詐欺ガイドでした。

1つの例となりますが、2000年阿寒、ケンさんガイドデビューの年となりました。
東京の銃販売組合がハンター50人を阿寒に送り込んで来ました。
ケンさんの師匠もガイドに召集され、見学と手伝いで付いて行きました。

ガイドは地元ベテラン14人が集められました。
当日朝になってガイドの1人が急病で欠員、ケンさんが代理でガイドをする事になりました。そして3日実猟、結果は全15チーム中、師匠チームが6頭でトップ、2位はケンさんチームの3頭でした。

地元組は1頭獲ったチームが1つあった以外は全てゼロ頭、10チームは出会いすらが無かったと言う酷い内容でした。

期待の有料ガイド猟実績はこの程度でした。ガイドレス流し猟は全滅、民宿巻狩りも全滅、可能性のあるのは有料ガイド猟だけと言う事になりますが、結果から言えば、80%以上が詐欺ガイドでした。地元だけで言えば、詐欺率は92%で成功者は10%未満でした。

全てのガイドがこうなのかどうかは分かりませんが、圧倒的な確率で詐欺ガイドでした。原理的に言えば、彼らは6日に1回の鹿が一斉移動するフィーバー日(確率17%)以外は、鹿に出会う事が出来ない詐欺ガイドだったのです。

しかし2002年から開講されたケンさんスクールではまるで別でした。看板にあります様に実績は5205,出会いは平均値で1日5回、捕獲2頭、その中には大物0.5頭が含まれていました。

別のデータでは出会いの70%が3段角、20%が角長70㎝級の大物、写真が平均的なお持ち帰り状態と言え、夢だった3段角を概ね全員が初回から捕獲出来ました。

そして開講16年間、捕獲ゼロはタダの1人も出しておらず、結果から申しますと、これは北海道中でダントツ、これもガイド猟の現実の1つでしたが、もう過去の話、現在はこの様なガイドはおりません。

現在最も確率の高いのは西興部有料猟区です。ケンさんスクールに比べればかなり内容が余りにも貧弱ですが、初回参加者を除き、参加者の90%以上に何らかの捕獲がある様です。

  


Posted by little-ken  at 09:51ハンティング

2024年11月06日

皆さんに伝えたい事。その8&9&10:アバウト早撃ち、迫力負け、恐怖負け。

  中距離のアバウト早撃ち。
2010年頃までは大物鹿でも「メデタイ鹿」やもっとメデタイ「デメキン鹿」がいました。
100m射撃で何発失中しても逃げないのです。

スクールに於ける最短距離のデメキンは7mで捕獲しましたが、根室初期時代に距離2mのデメキン、車の真横でした。射手は余りの近距離に正常心を無くし失中しました。
そんな時代もありましたが、メデタイ鹿やデメキン鹿はもう駆除で絶滅し、今はいません。

その反対に、特に大物に多いのですが、昨今は銃を向けると5秒で動く鹿が増えて来ました。
ケンさんが捕獲した85㎝以上は、殆どが何らかのハンターからの回避術を身に付けていました。
昨今は中距離150mでもこの傾向がみられます。走るのは何故5秒後なのか?  

通常ハンターが10秒で撃つからです。それを学習した大物鹿は5秒で走り、何度も生き延びて来たのです。この手の鹿は自らの逃避術に自信を持っていますが、3秒射撃なら十分捕獲が可能です。

ここで言う中距離とは150m前後を言います。150mワンホール10㎜に比べ、急所は150㎜と1桁以上大きく、従ってアバウト照準でも十分命中させられます。

高精度射撃技術を持っていれば「良い加減射撃」で命中ですが、その技術を持たないで挑戦すれば「イイ加減射撃」で失中となります。

実戦は早撃ちを要するのです。
2017年、U生徒は怪物88㎝を捕獲しました。距離は80m夕方のアピールに出勤途上でした。

実は1週間前にK生徒も少し離れた所で夕方出勤途上で同じ鹿に50mで鉢合わせ、K生徒は慎重を期して5秒で撃てず走られました。

80mで更にもう1度チャンスがありましたが、やはり同様に5秒で走られました。
U生徒はこれを3秒で撃ち抜きました。
この怪物は過去幾度もこの手でハンターから逃れていたのです。

  超大物戦の迫力負け。
エゾ鹿猟は身震いする程の大物鹿と勝負出来るのが最大の魅力と言えます。
迫力負けは本州鹿では起こりませんが、エゾ鹿3段角であれば射手より獲物の方が遥かに大きい事から起こり、足が地に着かない射撃となります。

自然対戦5回を超えれば同クラスは自動的に乗り超えられますが、20%大きくなれば再発し、結局怪物クラスまでには5段階をクリアしなければなりません。

自然界のエゾ鹿オスは8歳を超えると生息数が激減します。
角長70㎝の大物までは自然対戦で超えられますが、超大物は8才以上であり自然生息数が激減、自然対戦5回越は絶望的となります。

更にその上の怪物クラスとなりますと、元々1生に1回会えるか会えないかなのです。従ってどんな怪物が来てもすかさずナミビアポイントを撃ち抜ける様に、条件反射的に行動出来る様な、イメージトレーニングが必要になります。

K生徒はスナップショット不完全に加え、怪物対策が不十分だったと言えます。
U生徒は迫力負けせずスナップショット3秒に成功しました。

K生徒は一生に1回あるかないかのビッグチャンスを逃してしまい、実に勿体ない事をしました。
ケンさんは怪物との出会いを2度も作れた事を誇りに思います。

  10猛獣戦の迫力負けと恐怖負け。
ヒグマは我が国最大の動物であり、且つ唯一の猛獣であり、ハンターならば一生に1度は勝負したい相手です。

ハンターのヒグマ事故は1962~2022の40年間に駆除を含め46件起り、死亡15件16人、負傷32件35人、毎年1.3人が反撃を受け、その死亡率は33%でした。

一方捕獲数は駆除含め800頭前後/年であり、「反撃率は0.0016%」です。

ヒグマの体重は200~500㎏、エゾ鹿怪物級より遥かに大きく、「迫力負け」は当然ですが、反撃があれば死亡率33%「恐怖負け」の対策を要します。

ヒグマ勝負は短射程ですが鹿の様に立ち止まらず、特殊な射撃術が必要です。
ケンさんの捕獲6頭中3頭はスナップショットやランニングショットの特殊射撃術で捕獲しました。

ヒグマは殆どが出会えば逃げ、被弾しても殆どが逃げ、反撃率は非常に僅かですが、但し反撃を受ければ、死亡率33%となります。

新しい所では2023.11.北海道滝上町のヒグマガイド猟でハンターがヒグマに襲われ、重傷を負いました。

その前年2022年、ヒグマ駆除100頭の自称地元ベテラン山田氏は恥ずかしい事にヒグマ60mの急所にライフル銃でヒットさせられず、腹を撃ち反撃を喰らいました。
急所ヒットの自信が無ければ、ヒグマは撃たない方が無難と言えます。

その前年は観光客の女性が被害に会い死亡、滝上町では3年連続人身事故がありました。

ヒグマの反撃率はケンさんも1%未満と認識しておりましたが、今回詳しく調べますと更にもう1桁低い「0.0016%」 でした。

余りにも反撃率が低いので、地元ハンターは全般的にヒグマ猟を舐めている様に思えます。
99%起る「恐怖負け」は何が起っても、条件反射のスナップショットでエゾ鹿の急所を撃ち抜くイメージトレーニングが使えます。

ヒグマハンター全員が持つべき技術ですが、概ね誰も持っていない様です。
  


Posted by little-ken  at 09:26ハンティング

2024年10月22日

真のビッグサイズトロフィーNO.1。

ケンさんは24年間に1076日出撃(スクールガイド278日含)、エゾ鹿1051頭・ヒグマ6頭を捕獲しました。そして最大角長は88㎝でした。

捕獲はエゾ鹿猟を開始し僅か5年目、累計出猟は100日前後でした。状況は50m先を走るランニング射撃でした。それ以来これはと言う怪物級を何頭か捕獲しましたが、87㎝や86㎝であり、記録更新出来ずでした。

ケンさんのエゾ鹿ハンティングスクールは2002~2018年の16年間で351頭の捕獲がありました。
その最高サイズは2017年度のU生徒に依る88㎝でした。
彼は僅か4年目12日の出猟で同寸の88㎝を捕獲しました。
U生徒は迫力負けを起こさず、80mのスナップショットを3秒で決めたのは実力でした。

この怪物との出会いは1週間前のK生徒の時にもありました。
しかしK生徒は5秒で撃てず逃げられました。

怪物級との出会いを2度も作れた事はケンさんの誇りです。
右写真の方が圧倒的に大きく見えるのは写真の撮り方の差+人物の大きさの違い(ケンさんの方が20%デカい)です。2頭のエゾ鹿は共にケンさんが測定しましたから、間違いなく88㎝です。

同寸でしたから、1998年の1位は覆らず、2017年の88㎝は2位となりました。しかし細かい比較をしますと、ケンさんの捕獲した方はクラウン部に1㎝の出っ張りがありました。
角長測定の定義はクラウンの下部から角の先端までを曲がりなりの実測長となっています。

クラウン部の1㎝の出っ張りは当然長さに加えられます。一方U生徒の捕獲した物は綺麗な普通のクラウンでした。従って本来の角長で言えば、U生徒の88㎝の方が1㎝大きかった事になります。

写真はある程度大きく撮れた方が良いとは云うモノの、魚釣りでよく見る中型に満たない魚を前方に突き出し、広角レンズで巨大な魚に撮るのは余り感心しません。

10㎏位までの魚は前方に突き出して広角レンズで撮影すれば、非常に大きく映ります。
ケンさん捕獲は与那国の256㎝ 85㎏の黒カジキ、2番目はNZの152㎝ 43㎏のヒラマサです。
本当の大物魚の場合は持ち上げて前方に突き出せないのです。

さて、で本当のエゾ鹿の最大角長はどの程度まであるのか?  
写真はケンさんが敵わないと思った小山氏です。
彼は1mを捕獲しておりませんが、90㎝級はマグレとは言わせない数量を捕獲しております。


2010年頃根室でケンさんは明らかにデカイ鹿を200m前後で撃とうとスコープに捉えました。
そしたらその怪物は片角、そこでその隣の中型を撃ちました。
回収してビックリ、その中型に見えた鹿は81㎝でした。

翌年、ケンさんは直接見ていないのですが、1mを超える鹿が近くで捕獲されました。
直線で計って90㎝弱だったと言いますから、曲りなりに計れば1mを超えていたと思われます。
あの時の鹿だと思いました。折れた角は翌年には生え換わるのです。

2000年頃は大きさ的に言えば、牛馬クラスの怪物が稀にいました。
ケンさんは根室で2回、紋別で1回見ました。
何れも遥か遠くの見晴らしの非常に良い所に陣取っていました。

そう言う事ですから 少なくともケンさんが捕獲した88㎝を超える鹿はいると思われます。しかし、1051頭捕獲しましたが、比較的初期の頃捕獲した88㎝を更新する事は出来ませんでした。

鹿の寿命はオスで8~10歳程度、メスは10~15歳程度と言われています。
共に動物園で飼育すると15~20年の様ですが、自然界は厳しいのとオスは繁殖期になると1か月間餌を余り食べませんので、越冬に失敗する確率が高くなってしまうのです。

角長80㎝を超えは8歳程度、従って寿命を迎えてしまい、70㎝オーバーの大物はたくさんいますが、80㎝オーバーの超大物は明らかに少なくなり、 85㎝を超える怪物クラスは更に激減して来ます。

根室・別海地区は他地区に比べ、エゾ鹿がやや大型となり、阿寒等の山岳部の鹿は明らかに小型になっています。

エゾ鹿も本州鹿も同じ日本鹿です。東北地方も北部になると、多少大型になり、最大で角長75㎝程度までは大きくなる様ですが、愛知では60㎝を超える鹿を見た事はありません。

日本鹿でも九州地区以南では概ね南に行く程小型化し、3段角になる確率が激減します。
一方エゾ鹿の1歳は同じピン角ですが、45㎝程まで大きくなる事も稀にあります。
その次は2段角ではなく、カニ角と言う先端が2~3つに分かれた状態になり、3才で殆どが小さいながら3段角になり、本州でよく見る2段角の鹿は珍しいです。
どちらの鹿も1歳毎に1本ずつ枝分かれすると言う話も真実ではありません。

食べて美味しいのは、本州鹿の場合、ピン角かメスですが、エゾ鹿ではピン角は味が未成熟であり、美味しいのは2~3才のオスです。またエゾ鹿の美味しさは本州鹿の比ではありません。
  


Posted by little-ken  at 15:26ハンティング

2024年09月23日

嘘もイイ加減にしなさい。その12:ランクルの強度と耐久性。

  12ランクルの強度と耐久性。
ランクル76は最強のハンティングカーでした。パジェロは1993~2000まで運用、三菱車のファンだった訳ではありませんが中古車が圧倒的に安かったのでそうなりました。

初代パジェロはその時代としては良い車でしたが、旋回半径は大きく、走破性脳は低く、低温時の始動性は悪く、余り良いとは言えない車でした。それでも根室クラブもパジェロ4台とストラーダ1台、100%三菱でした。

ケンさんの2台目パジェロは交通事故に巻込まれ大破、2001年に待望だったランクル78プラドになりました。良い車でしたが、デフにトルクロッドが無い為、大きな駆動を掛けるとジャダーを起こし、足廻りの損耗が激しい車でした。

次はランクル76バン、前後共デフロックを装備し強度も走破能力も最高でした。
基本的には77と言うバンがあり、同時期にそこからプラドもデビューしました。

ランクルは1990年77バンと78プラドがデビュー以来、現在の2024年型も、すでに34年間同じボデーを使っていますが、そして何時まで続くか分かりません。

77は非常に頑丈ですが、前後共リーフスプリングだった為、乗り心地がトラックその物でした。
78はコイルバネとした為、乗り心地は良くなりましたが、トルクロッド以外にもボトムに弱くハードには使えない車でした。

76は77の足廻りを大幅改良して乗り心・走破性。強度を向上させた究極の車と言え、1994年デビュー以来、2024年現在で30年間も同じモデルが製造され続けています。
これ程のロングモデルは西側ではかつてのカブトムシワーゲン位です。

フロントサスは車の乗り心地や走破性を決定する重要な部分です。
バネは大きな衝撃でボトムする事は避け難く、通常はボトム時の衝撃緩和の為にラバー製バンプストッパーが付いています。

76もリヤには今もそれが付いています。フロントはコイルバネが付いていますが、その中に円筒状の長いラバーのバンプストッパーが付いています。

これは通常領域でも補助スプリングとして機能し、大きな衝撃を受けても激しく突き上げられる事が無く、ランクル80で実用化された素晴らしいアイデアでした。

このお陰で乗り心地が非常に向上、大きな衝撃にも耐えられ、長いサスストロークが可能となりました。ランクルは60の時は4輪リーフでしたが、80になり4輪コイルになり、乗り心地と走破能力が圧倒的に向上しました。

100になった時はもう圧倒的改良点は無いと思いましたが、乗り心地は更に大幅に改良されました。、ハンティングスクール後期には時代の変化で短期間の生徒が多くなり、空港送迎往復の比率が高まり、疲労軽減を目的に思い切ってハンティングカーをランクル100に換えました。

ランクル100は途中ディーゼルモデルが無くなった為、22年間20万㎞の長期運用となりました。
驚かされたのはその耐久性でした。10年10万㎞アンタッチャブルは当然でしたが、何と22年目に ブレーキランプが1個切れたのが最初の消耗品でした。

勿論22万㎞を全く何も交換しなかった訳ではありません。タイヤ4回、バッテリー3回換えました。
ブレーキパッド・ドライブシャフトブーツ・ 燃料ポンプ・フロントサスのボールジョイントも1回換えました。

驚いた事にベルトもホース類も全て新車時のままでした。
22年間全てユーザー車検でしたから車検整備と言う物は1度もしていません。
トヨタ品質には改めて感心しました。世界1になって当然と言え ました。

22年後もまだ新車の半分以上の中古車価格ですから、まだ寿命の半分も来ていないと言う事になります。従来日本的感覚で言えば「嘘もイイ加減にしなさい」になりますが、100%本当です。

さて前置きが長くなってしまいましたが、本命のランクル76の強度のお話をしたいと思います。
元々ランクル70はジープを参考にジープやパジェロより遥かに頑丈に設計してありました。

ケンさんのランクル76は牧場で鹿を追い掛け、100㎞/hで10m近い崖にダイビングしてしまいました。そもそも牧草地はずっと前方に見える牧草に続いているつもりで走っていたのですが、突然崖が現れました。

随分長い間空中を飛んでいた様に思います。幸い姿勢を崩す事は無く、やがてボトムの少し手前に斜面に接地、頭を嫌と言うほど天井に打ち付け、そして今まで経験した事もない程、車は高く高く跳ね上がりました。

2mや3mではなく、推定5m位と思われました。そして着地は続いていると思っていた牧草地直前の斜面でしたが、2回目のバウンドで牧草地まで上がれました。流石にダメージは避け難いと思われました。

見た所のダメージは無さそうですが、直進時のハンドルセンターが15~20度ズレました。斜面着地が幸いしたと思われます。デーラー点検でも特に異常はなく、センター再調整だけで終わりました。

牧場オーナーによれば、前に落ちたパジェロは谷底に留まり、足廻りもフレームもボデーも大きく歪み、全損だったそうです。これも「嘘もイイ加減にしなさい」レベルの信じ難い話です。

しかし、パジェロが全損した崖をランクルも落ちましたが、バウンドして向かいの牧草地に着地、ノー ダメージで生還したのは本当です。
高さは計っていませんから、話半分で聞いておいて下さい。

さて根室グループ5台の三菱車はこの件の影響がどの程度か分かりませんが、多くの会員はケンさんのランクル78や76に何度もレスキューされた事もあり、何時の間にかランクル100%に換わりました。

ランクルは走破能力・高強度・高寿命部品が重なり、「ネバー・ダイ」のベストセラー車になりました。

昨今は4WDブーム再来なのですが、サファリもパジェロも国内の再投入はまだ様子見の様です。
2023国内販売は1位トヨタ、2位スズキ、3位ダイハツ、4位ホンダ、かつて1位の技術の日産は5位、かつてパジェロが爆発的に売れたエンジンの三菱は3位から火が消えて最下位の8位でした。
  


Posted by little-ken  at 14:42ハンティングハンティングカー

2024年09月21日

嘘もイイ加減にしなさい。その10と11:用途毎の銃&連射。

  10銃を用途別に換える事は有利にならない。
2つのクレー射撃は射撃条件が大きく違います。
一方射撃はかなり絶妙なバランスの上に成立します。
従って用途毎に銃を換える事は余り良くありません。

同じ銃で用途毎に銃身を換えたり、外付けのチョークの交換で銃身長が変わる事は銃のバランスが変わりかなり不利になります。ケンさんは308のボルトライフル銃と、12番フルチョークの自動散弾銃の2丁だけです。

ケンさんは30インチフルを使ってスキート射撃もしていました。スコアは半分弱の程度でした。
26インチインプの銃身を使ってみた事があります。

20m時のパターンの大きさはフルの1.5倍程度になり、スコアはかなり向上する筈でしたが、実際は銃のバランスが変わり少し低下しました。

そう言う意味からすると、クレー射撃が趣味であれば、それ用の銃を揃える事も良いと思いますが、狩猟の練習で行うのでしたら、銃はトラップ銃に換えない方が絶対に得策です。

トラップ銃はトラップ射撃に特化した銃で、他の用途には使えません。姿は似ていますがスポーツ銃はインナーチョークを変え、トラップやスキート、或いは実猟にも使えます。
2連銃は引き止まりに有利で、ややですがよく当たります。

しかし実猟では3連射出来るオートの方が有利です。連射の意味は失中時のカバーではなく、複数目標に対する対処と、リード合わせが難しい場合の弾幕射撃がメインです。
また追加2発装填が瞬時である事も自動銃の隠れた魅力です。


  11連射。
エゾ鹿猟に連射を目的に、サボットスラグ銃やライフル銃のオートやスライドを持ち込む人が多いのですが、ランニング射撃はフリンチング対策を完了していなければ、マグレヒットもありません。
また普通射撃で静止を倒し切れないのに、走って逃げるのを撃って当たる筈が無いのです。

目視照準は約0.4秒古い虚像を照準しており、実体を伴っていないので、絶対に命中する事はなく、ランニング連射には特別な射撃技術を要し、エゾ鹿猟では殆ど連射の可能性がありません。

稀にいるランニング射撃可能な名人は「リード射撃」或いは「固定待ち射撃」です。
リード射撃は引き止まりの無いスイングの継続が前提条件です。

またリードは毎回違うので胴体ヒットが限界です。追尾中に危険領域に銃が向いても、本人には分らず、非常に危険な射撃となります。

引き止まり射撃で可能性のあるのは本来リード等に加え引き止まり分の前を撃つ場合と、固定待ち射撃だけとなります。後者は間もなく(推定0.5秒後)照準に入るのを予測して引き金を引きます。

しかし、そのタイミングは人によりかなり時間が違い、また精度的には36㎞/hの鹿の15㎝の急所ヒットには±0.0075秒、胴体ヒットで±0.05秒以内が必要です。

照準確認で撃てば見ている映像は古い虚像で実体とは4m以上もずれ胴体すら当たラズ、何れの場合も絶望的で連射は不要と言えます。

ランニング射撃はリードを取って引き金を引くだけの簡単な射撃ですが、「固定待ち」も「リード射撃」もどちらも絶望的難度なのです。
固定待ちはタイミング的精度が±0.0075秒と絶望的難度です。

リード射撃とスイング射撃はフリンチングで止まらない持続した安定スイングが絶対条件をなります。
最も高成績なのは「リード自動調整」の「スイング射撃」です。走る鹿を追尾し、スイングを加速し追い越す時に引き金を引きます。コツが分かれば神業を要する難しい射撃ではありません。

動物は動く物と書き、これを撃つランニング射撃は憧れの目標の1つです。
最も重要なのは見えている映像は「0.4秒ほど古い虚像」で、実体は少し前までそこにあったのは事実ですが今は4m程離れた所にあり、実体がそこに無いのですから絶対に当たる筈が無いのです。

映像の古さに加え人間の 反応遅れや弾の飛行時間を合計すると約1秒となり、10m程リードを取れば命中する事になります。

一方通常のライフル射撃は目標が静止しており、虚像と実体が同位置にある為、目視照準が可能になる例外時の射撃なのです。
言える事は2つの全く違う射撃方法の違いの理解が必要です。

ケンさんはこれをエンジニア的手法で解決したのです。手法は完璧ですから非常に良く当たります。
それを嘘と思えば、貴方の進歩はそこまででとなります。
  


Posted by little-ken  at 11:15ハンティング

2024年09月19日

嘘もイイが減にしなさい。その9:駆除行政に思う事。

    駆除行政に思う事。
銃は素晴らしい発明品でしたが、反動によるフリンチング対策がなされない場合は極めて低能力であり、どちらの銃も僅か「20~30m以内の低速時」に限定されました。

散弾銃はフリンチングが対応されますと、「近距離低速」飛鳥全速度域に適応し、射程も50mまで 延長され、「3粒ヒットのショットガン効果」と言う魔法の効果が使え、撃墜率は大幅向上出来ました。

ライフル銃も同様に本来なら150m以遠の鹿の急所ヒット能力があるのですが、「射程20m低速時」のしかも胴体ヒットに限定され、静止でも50mの急所ヒット能力は無く、かなり射撃場通いをしても100m急所ヒットが希望的レベルでした。

2022年7月、ヒグマ駆除100頭の自称地元ベテラン山田氏はライフル銃で60mのヒグマの急所にヒット出来ず、腹を撃ち反撃を喰らいました。

もう1人の相棒はライフル銃でもう1頭を60m失中、これが地元ベテランの平均値と言えました。

彼ら駆除従事者は、2012~2015旧技能講習(本州ライフルマンの不合格率70%以上)を免除され、実戦能力のないまま生き残っていたのです。

昨今のエゾ鹿は150m前後にいますが、2005年頃までのエゾ鹿は50~100mにおり、彼らの100m射撃能力を持たない低い射撃技術でも捕獲出来ました。駆除は彼らの小使い稼ぎでした。

それがやがて100~150mとなったのはその頃から急増したサボットスラグ銃のハンターのせいと言えましたが、勿論本当の原因は単に地元高齢ハンターの技量不足であり、射撃練習不足です。

従って地元戦力外は150mを撃ちませんが、我々からすれば150mはイージーチャンスで撃ちます。すると「微々たる数ですが彼ら?の鹿が少し減り」、ます。

もっと重大な事は「射程距離が伸び150m以遠」に鹿がいる様になり、「彼らに取って絶望的射程外」になってしまったのですから事は重大です。

外来ハンターは150mを命中させられるのですから、地元ベテランもそうなる様に努力するのが本筋ですが、地元戦力外ハンターは団結し、本来は一般ハンターの捕獲の手助けをする為の予算を使い外来ハンターを追い払い、或いは揚げ足取りを積極的に行う様になりました。

更には町内のホテル等には外来ハンターは違法解体をしているとし、宿泊を締め出す様に圧力を掛けて来ました。確かに街路灯や、道の駅の一角で夕方捕獲した鹿の解体を行っているハンターが多少いました。

ケンさんスクールは獲物処理の為の旧ハンティングベースを所有し税金を払っており、そのどれにも掛からずに運営が続けられました。
スクールの存在は本来地元の駆除や北海道経済に貢献している筈でした。

そもそもこうなった原因は駆除事業を捕獲能力の殆どない、地元猟友会に駆除を丸投げ した事が原因でした。その後丸投げではなくNPO法人にお願いする形を取りましたが、猟友会の多くがそのままNPO法人に格上げをして来た為、結果は全く変わらずでした。

そもそも駆除ハンターは本来プロハンターなのですから、アアマチュアハンターより遥かに高レベルな射撃技術や経験を持っていて当然なのですが、それがその様になっていないばかりか、甚だ酷いのが現状です。

ヒグマ反撃率は僅か0.0016%です。それを外部にはさも危険な様にアピールし、一方では完全にヒグマをなめ切ったを行動を取っていたのが地元猟友会と言えました。

60mのヒグマの急所を失中する様な失格ハンターやその胴体にすらヒットさせられなかったハンターが、制度の歪でそのまま生き残りデカイ面をし、その結果ヒグマの急所失中から自業自得で、反撃を受ける事になりました。

反撃を阻止出来る時間はあったと思われますが、ヒグマ対戦能力を全く持っておらず、阻止出来ずにみすみすやられてしまいました。

エゾ鹿駆除ライセンスを200m急所ヒット合格者のみに与えれば、全て上手く済みます。200mが狙えるアマハンターは1/10程しかおらず、これで一般ハンターより技術的に大幅優位になれますが、一方余程の粗悪銃でない限り、弾を入れない「ドライファイア」の射撃技術を磨けば達成が可能です。

ヒグマ駆除ライセンスはヒグマの反撃を阻止出来る人のみに当たるべきと言えます。

3年間で終わった旧技能講習制度は、ケンさんはハンター全員が継続受検すべきだと思います。条件や採点法は妥当だと思われ、50m実用性が無ければ所持の意味は無く返納すべきと言えます。

ケンさんの地元愛知ではトラップ射撃の2/3~3/4に命中する射手が駆除を担当してますが、害鳥撃墜能力は概ね皆無と言える程です。

これでは銃を通して世の為にならず申し訳なく、また撃墜能力が無いのに出動手当(涙金)を受け取る事は恥ずかしい事と言えます。

同様に散弾銃の初心者教習も技能講習も25枚撃ちトラップ2枚orスキート3枚ですが、初心者には適当と思われますが、経験者では甘過ぎです。

経験者はトラップとスキートの両方を半数ヒットの13枚で合格が妥当だと思います。
そのレベルは年間数回を通えば得られる技術であり、一方でそれが飛鳥撃墜に為のミニマム技量でもあるからです。





  


Posted by little-ken  at 14:49ハンティング

2024年09月17日

嘘もイイ加減にしなさい。そぼ8:他のフリンチング対策。

  他のフリンチング対策。
ライフル射撃競技はARとSBとLBがあります。ARはエアライフル、10mから10点圏0.5㎜の的を 撃ちます。SBはスモールボアの略、安価な22口径のリムファイアー弾5.5㎜、50mから10点圏が10.5㎜の的を撃ちます。

LBはラージボアの略、通常は30口径前後のセンターファイアーライフルであり、狩猟用と同等です。
300mで10点圏10㎝(鹿の急所よりかなり小さい)を撃ち、上位大会では概ね全弾が10㎝に命中し、誰が何時ミスるのかの戦いとなります。

上位選手は反動の大きなLBでも全員がフリンチングを起こしていない事になります。
委託無しの立ち撃ちでもかなりが命中します。銃が重く、引き金を特別に軽く出来ており、体がブレない様にギプスの様な射撃コートを着て撃つ違いはありますが、フリンチングは起していません。

従ってこちらの世界からフリンチング対策をする方法もある様です。

次に散弾銃の高速連射から入る方法があります。ケンさんはここから入りました。
飛行腺に沿って秒速45度位で銃をスイングし、スイングを継続したまま、目標を追い越すのと同時に出来るだけ速く 3度引き金を引きます。

これも基本的には銃には反動が無いと体を騙すのが目的ですから、かなりしぶとく行わなければ効果はありません。ケンさんは狩猟のシーズンオフの9カ月間毎日30分ずつ練習しました。
反動を押さえ込む練習と併用すれば、数年で散弾銃版のスイング射撃が完成します。

もうこれでフルチョーク+7.5号小粒弾の3粒被弾撃墜のショットガン効果が使える様になります。
スイング射撃は本来ライフル銃にも共通で通用するのですが、散弾高速3連射から入ったライフルのランニング射撃はフリンチングが抜け切れておらず、50mの胴体ヒット程度に留まります。

静的は銃だけに撃たせる為、左手は銃を「持たず」、右手は銃を「握らず」、銃は「肩に当てず」、引き金は必要最小限の力とストロークですが「そっとですが一気に引く」、これを実用化すればフリンチングは大幅軽減、200mまでの実用性が得られます。

ケンさんも長らく200mが限界の時代がありました。

  


Posted by little-ken  at 18:36ハンティング

2024年09月16日

嘘もイイ加減にしなさい。その7:新技術だけでは通用しない。

  新技術だけでは通用しないのがハンティングでした。
昔はどの業種も高齢者の経験と言うのはかなり有効でした。
分からない事は高齢者に相談する事が最も有効でした。
しかし今ではパソコンやスマートフォンで検索するのが、最もStdな手法となり、答えはAIが出してくれる時代になりました。

ではそれで獲物に出会え、獲れるのか?  
少しは助けになる事もあるでしょうが、余り有効ではありません。
それは多くのブログ等は上手く行った時の事しか書かれていない為です。

失敗を正しく書いてあるブログは殆どありません。もし実際の失敗の経験値が漏れなく登録されていれば、これを全て学習したAIの言葉は、通常のベテラン高齢者を凌ぐ、かなり有効な手助けになると思います。

所が失敗談は殆ど書かれておらず、稀な成功例だけを連ねても、それは偶発的な要素が大きく、その答からは正解が得られないのです。

夢よもう1度で同じ手法を使って獲れた試しはありません。 
それで行けばAIの助言で夢よもう1度も無い事になります。

元々成功からは「獲れて良かったねしか」得られませんが、一方失敗からは多くを学ぶ事が出来ます。狩猟は失敗の経験から上手くなるのです。

ケンさんが鹿猟を始めたのは1983年33歳からでした。
当時は無線はなし、車も麓に置き、数㎞を全員で歩きました。
AMに待ち場に入る時は弁当持参でした。
獲れなければ猟犬を離した位置で戻るまでひたすら深夜まで待ちました。

そこにマチュアハンディー無線と4WD車を持ち込まれ、やがて無線機はモービル機で高性能となり、更に猟犬に付ける発信機(GPS型ではない)が導入されました。

猟犬が戻らない時はあちこちに分散して猟犬からの電波を探し、モービル機で連絡を取り合いました。最も反応が強い所に飼い主を誘導し猟犬を呼び戻しました。

このお陰で1日に2ゲームが可能となり、捕獲量は倍加しました。しかしケンさんの所に来る鹿は相変わらず皆無でした。

古老からは「新兵器や射撃技術に頼っている内は獲れない」と言われました。
結果はその通りでした。獲れない原因は「殺気」や「気配」の振り撒きでした。

物陰に隠れて「見張り」で頭を動かす、或いは  無線や受信機等を操作するので、声も含め「気配」が漏れてしまっていたのです。

結局獲る為の「禅の心作戦」では獲物が近寄って来る時間帯の30~60分「無線機にも受信機にも頼らずSWを切りました。見張りも辞め、丸見えの所で目を瞑って待ちました。

「気配」振り撒きは消え、鹿は射手の気配が取れなくなり、射程内まで来ました。見張りをしていなければ「鹿が射撃ポイントに来た事が分からない」のではとなりますが、「気配」は相対的な物であり、自らの気配が大幅に下がっていれば、目を瞑っていても鹿の気配に気が付きました。

丸見えの場所で見張りをしな禅の心作戦」に変更してから、あれ程獲れなかった本州鹿も3週連続で獲れました。古老の「教え」は半分正解でした。

古老に依れば、けもの道に銃を予め向けて置き、獲物が来たら「十分に引き付け引き金を引く」と言う物でした。「銃は腕(射撃技術)で撃つ物ではなく、肝で撃つ物である」と教わりました。

事実古老の捕獲成績はグループ内でトップでした。
古老の行動を更に詳しく分析すると、見通しの良い所で、スナップショットをしない代わりに銃を予め予測した鹿のコースに合わせて銃を構えておりました。

新兵器類は全てOFF、見張りでキョキョロする事無く、鹿が近付いても微動する事もなく、ガマンして10mまで引き寄せ引き金を引いています。

ケンさん考案の「禅の心作戦」は独自考案のつもりでしたが、実際は「古老作戦」の改良版でした。 
改良点は銃身を指向して肩付け前に撃つ「スナップショット」及び「連射」、そして「目を閉じて待つ」事であり、「新兵器OFF」「気配を撒き散らさず」「微動もせず」「肝で引き付ける」点は共通でした。

連射は失中時のカバーではなく、複数時及び、非常に高速でブッ飛んで来る鹿への対処用でした。
ケンさんの初捕獲時も鹿は3頭の群れで来ました。先頭の鹿に高速3連射、更に2発追加装填で残る 2頭に2連射しました。スナップショットや連射の技術は非常に有効でした。

3発喰らった先頭の鹿は 即倒、残る2頭も多少被弾しコースが分かれ、それぞれ隣の待ち場で捕獲されました。従来の考えでは3頭を捕獲となりますが、ケンさんの考えでは捕獲1頭です。

古老は以来「肝で撃つ」話はしなくなりました。最も効果があるのは「気配消しとスナップショット」これは現在も非常に有効です。

スナップショットとその後の連射により捕獲率はダブルを含め、大幅に向上しました。
しかし現実には射程内まで鹿を寄せられても、更に射撃技術自体には大きな問題がありました。

銃には反動があり、この反動を体は上手く受け様として発射直前に体が固くなってしまうのです。
その結果として動的ではスイングが止まってしまう「引き止まり射撃」となり、静的では照準が絶妙に ズレるフリンチング射撃となります。

その為に、散弾銃は「30m以内の低速に限定」され、フリンチングに依り散弾銃射撃ではリード合わせが困難になり、フルチョークと小粒弾の運用が出来ず、結果はそれが出来るハンターの「1/10の成果」に留まり、ライフル銃も「20m未満の歩速に限定」されました。

ライフル射撃では照準がズレてしまい、ベテランでも100mの実用能力が限界です。
その為にエゾ鹿は余り撃たれない150mにいます。

これらは共に射撃場通いをする事で、多少の向上は見られますが、そもそも銃の反動がその主原因であり、射撃場通いはその本質的な改善にはなりません。

ライフル銃は本来100m以遠の急所を狙う為の銃で、銃と弾の性能は300mの性能を持っています。
しかしこれらの「性能を発揮出来る」絶妙な撃ち方が出来る人は元々1/100~1/1000しかおらず、AIもそれが出来る人のデータだけで判断すれば十分参考になる筈です。

そのベースとなるデータの何処にも私はフリンチングを克服した射手ですとは書いてありません。
実際はフリンチング射手が99%以上ですからコンピューターやAIとは、その詐欺ガイドのつもりで付き合う必要があります。

巷には自称ベテランが書いた本が多数出廻っていますが、先にも書きました様に実際は99%が反動を克服しておらず、著者はそれすらを自覚しておらず、分かった様な事が書いてあるだけで、本質 追及の参考にもなりません。

巷の先輩の教えを乞う場合も、勿論銃砲店に相談しても店主がそれを心得ている筈もなく、解決策になる筈がありません。

助言が役に立つのは、市販ノーマル銃でワンホール射撃を達成した人(殆どいない)、また300m以遠の遠射を実戦で成功させている人(稀にいる)だけに限られます。

ワンホール射撃は銃と弾の限界ですから、フリンチングを完全に克服していなければ出せません。
ケンさんから皆さんに伝える事は、フリンチングは大幅軽減する射撃方法の紹介です。

銃だけに撃たせる為、左手は銃を反動で落とさない程度しか「持たず」、右手は中指で銃のグリップを「握らず」、銃はフリンチングが伝わらない様に「肩に当てず」、引き金はそれにより銃が動かない様に必要最小限の力とストロークで「そっとですが一気に引く」、これで150~200mまでの実用性が得られます。

ケンさんは2002年にワンホール射撃を達成し、2006年までにライフル射撃全項目を達成出来ました。出来る人の本を読み、出来る人の指導を受けなければ、反動に対する生理的反応が主原因ですから、結果は反動の弊害から抜け出る事は出来ず、真のライフル射撃が出来る様にはなれません。

ケンさんも1983年始めたスラグ弾射撃では的紙にヒットしない事も稀にありました。またライフル銃の初心者教習には実技試験が一応ありますが、的紙に全く命中しない人がザラでした。

これがフリンチングの平均的現状でした。
そんな人達もイカサマ救済措置に救われ、本州猟では殆ど無意味なライフル銃を所持しました。

命中させる為の射撃場通いをすれば良かったのですが、それらは無く、概ね全員が300mに命中させられる魔法の銃の所持に憧れていただけでした。

ライフルの魔法は難しくて誰も使えませんでしたが、もう1つ低難度な魔法は散弾銃に依る「4号バックショット27粒弾のショットガン効果に依る3粒被弾撃墜」がありました。

しかし、そんな小粒弾でトンコロが可能とは誰も信じず普及せず、装弾も売っていませんでした。
ライフル銃はその後長らく平穏に継続所持が出来ましたが、2012~2015年には旧技能講習と言う制度が新設され、これは50mで1点圏が17㎝の的を撃ち、20発撃って40点以上が合格基準です。

ライフル銃は本来100m以遠の急所を狙う銃ですが、50mの実戦能力があれば旧技能講習は合格する内容でした。しかし受験者は日頃50m射撃練習を全くしておらず、70%以上が脱落しました。

余りの難度で受験しなかった人も多く、90%以上が振るい落とされました。
つまりライフル射撃が趣味の人と、エゾ鹿猟をするライフルハンター以外は、概ね全員と言える90%以上が50mの実戦能力を全く持っていない、これが巷の現状でした。

従って一般の先輩や銃砲店のアドバイスは全く的を得ていない可能性が高いのです。
通常の現状からすれば、ケンさんの成果を理解する事は難しく、「嘘もイイ加減にしなさい」と思う人も少なくないと思います。

本格的な領域に挑戦する第2段階では、「実射を長期間絶ち」長期間弾を入れない「ドライファイア」を繰り返し、「銃の発射には反動を伴わないと体を騙す」必要があります。

長期間とは1~2年、未完状態で成果を試す為に実射をすれば、即座フリンチングがブリ返し、最初からのやり直しになります。

また実射1発毎の毎回直前にドライ10~20回が必要です。
ケンさんは2年後の2002年射撃再開のその日にワンホールが達成されました。効果は絶対にありますが、強い決意が必要です。

市販銃と市販弾でサコーは90mで12.7㎜以下を保証、ミロクの出荷基準は50m10㎜以内です。
これはベストグルーピングではなく単に3発撃った結果です。

従って100mワンホールを出せる可能性はかなりあり、未熟な射手のフリンチングがそれを妨げているのです。

フリンチング対策には長期間の特訓を要しますが、克服出来れば、100mワンホールや、300m遠射は自動的に達成されます。

更に動的では引き止まりの無い「スイング射撃」により、最も障害となっていたリード合わせが自動化され、その結果、散弾銃では射程距離が2倍近く延長され、しかも命中率が劇的に向上しました。

更にこの技術はライフルのランニング射撃にもそのまま応用出来、50mを走る鹿には即座に応用可能でした。ケンさんのライフル銃に依るエゾ鹿第1号は50m先を走る中型エゾ鹿でした。

少しコツを掴めば200mを走る鹿を即倒させる事も充分可能になります。矢先注意で是非チャレンジして下さい。但し小手先の照準では幾ら工夫しても絶対に命中せず、きちんと手順を踏んで下さい。

フリンチングを克服すれば、散弾銃とライフル銃は驚く程類似と言えましたが、しかし引き止まり射撃の散弾銃動的射撃と、静止オンリーのライフル射撃は全くの別物です。

この時の散弾銃は「近距離&低速限定」であり、ライフル銃はかなり練習しても「完璧な静止状態の100m未満」で、十分な照準時間がある時しか機能せず、僅かでも動いていれば必ず失中しました。

  


Posted by little-ken  at 15:20ハンティング

2024年09月14日

嘘もイイ加減にしなさい。その6:エゾ鹿猟。

  エゾ鹿猟。
最初の10年間の捕獲は9年目の1頭だけでしたが、2回目の10年間では狩猟方法の進化と道具の改善から「嘘もイイが減にしなさい」と陰口を叩かれる程の2桁アップに大幅進化しました。

エゾ鹿猟ではカモ猟と同様に本日なら、過去の経緯を考慮して何処に何時行けば、鹿に出会えるのか分かる様になり、これを「ポイント猟」と名を付けました。道具は308のルガー77スコープ専用銃としました。


       ルガー77、ボルトアクションスコープ専用銃、口径308、固定マガジン5発。
当時デビューしたばかりのスコープ専用銃のステンレスモデル(映像借用)で、軽量タイプを選択
しました。これは間違いで軽量が故に命中精度が低く実用射程は150mでした。
操作性も3ポジションのボルトハンドルと セーフティーは非常に良好、約15頭を捕獲しました。


本銃に依りライフル銃でも、スナップショットやランニングショットが可能な事を学び、ランニングなら オートの方が絶対に有利であろうと思い、H&Kの308のオートに銃を換えました。


         H&K SL7、口径308、着脱5発マガジン、セミオート銃。
ライフリングはポリゴナルライフル、ローラーロッキングボルトのディレードブローバックと言う斬新な
機構の銃であり、本当にボルト銃並に当たり、150mで5発のテーブル撃ちが12mm、究極の銃
の様に思えました。実戦90日と3000発を要し、走る鹿用のスイング射法を確立、実用射程50m、
Max.100m、命中率5発強で1頭、本銃により約350頭を捕獲、内100頭以上が走る鹿、しかし
300mは決まらず、究極の銃は本銃ではなかったのです。


2回目の10年で本州鹿猟は10倍の捕獲率に向上で来ましたが、エゾ鹿猟ではドッグレス出会い術の大幅進化とスナップショットやスイングショットにより走る鹿の捕獲等、射撃技術の大幅進化に依り、2桁アップの100頭が可能となりました。

身近にエゾ鹿猟をした人はおらず、すでに他界してしまった北海道友人と僅かなケンさんスクールのレピーターしか、ケンさんのこの技術を知る者はいません。
それ以外のハンターからすれば2桁アップは「嘘もイイ加減にしなさい」と言う事になります。

所がケンさんの合理化は2桁アップ程度で留まる事はありませんでした。
未達成300m遠射をする為に再びボルト銃に戻しました。

ランニング連射性能は自動銃と比較にならない程に低下すると思っていましたが、実際の連射速度はオートに負けず、命中率は後述の様にとんでもない事になりました。

2007年1月中旬、鹿はたくさんいましたが、正月休暇でかなり撃たれ慣れし、どの鹿も発見時すでに150m前後を走っていましたが、150m先を走る鹿に70%が急所直撃の即倒でした。

従って5発5中も単に確率の問題でした。超大幅進化の射撃術は、5日間で50頭を捕獲し、この間に5発5中も3度達成しました。そんな事から3回目の10年では、1000頭の捕獲となりました。

          サコー75 バーミンター改、口径308、着脱マガジン5発。
グルーピングは150mで18mmとH&Kに僅に及びませんが、射撃安定性も操作性も抜群、
3ポジションのボルトやボルトオプナーを装備した安全装置等々安全性もバッチリでした。
本銃は銃身5cm、ストック2cmをカットし、ストックを再成型&軽量化し重量バランスを整え、
究極の銃となりました。

本銃により合計約750頭、内300頭以上が走る鹿でした。300mの遠射も導入したその年に
複数達成、その他にもランニング射撃5発5中等々、永年の憧れであったテーマは本銃によって
一気に達成されました。2016年にはライフル銃及びこれを使った狩猟を究める事が出来ました
ので、2018年にライフル銃を卒業しました。

勿論2桁アップを信じない本州一般ハンターが、3桁アップを信じる筈がありません。
彼らの辞書には捕獲量10倍向上や1桁短い時間に装填・安全解除・照準を済ませる銃の取扱い法は無く、反動による引き止まり射撃やフリンチング射撃に対する項目も無いのです。 
  
一般のハンターは静止していても、150mの鹿の急所にヒットさせる射撃技術を持っていません。
フリンチング対策ゼロの本州ハンターは、100m処か50mの鹿の急所ヒット能力がないのです。

それらをベースとすれば150mは静止を殆ど外さない事自体が信じ難い事になり、それが45㎞/hで 走る鹿であれば命中する筈がなく、胴体マグレヒットが限界であり、急所ヒットの可能性はマグレすらもあり得ない事になります。

そう言う目で見れば当然の事で「嘘もイイ加減にしなさい」と言う事になります。
一般ハンター並技術だった頃のケンさんもそう言った事でしょう。

しかし技術を極めます(フリンチングを制し、銃だけに撃たせる)とこれが当然の様に急所直撃率70%で命中するから不思議です。

5日間に70発で50頭を捕獲しており、更に「5発5中」もこの間に3度達成、ランニングディア自体は300頭以上、ランニングのヒグマも3頭達成しており、ランニング射撃は決してマグレとは言えない多量の実績があります。

不可能に挑戦がライフワークのケンさんでも、まさか再肩付けのスナップスイングの連射がオートより速く、しかも4倍遠くの200mまで当然の様に命中し、更に距離が4倍になっているにも拘らず、命中率がオート比4倍の1.4発/頭に向上には驚きました。

この50頭の回収解体を手伝い、購入してくれた友人が、この事実を最もよく知るのですが、すでに他界してしまいました。しかし、捕獲記録も残っており、全て事実です。
ランニング射撃に付きましては動画が1本残されておりこれを紹介します。

2009年当時では機材が貧弱で酷い映像です。150mに中型エゾ鹿がおり、生徒が撃ちました。
勿論静止状態です。即倒は無理でも失中は無いだろうと見ていますと何と失中でした。

それを見てケンさんは愛銃サコーボルトを掴んで車外に出て、カバー外し・マガジン取付・装填・安全解除・スナップスイング射撃で撃ちました。初弾がナミビアポイントヒット、鹿は2回転して止まりました。

写真1:生徒失中後、鹿は走り出しました。距離は約150m、速度は約40㎞/hでした。
写真2:ナミビアポイントにヒットし、被弾部が膨れ上がり水煙を噴き出しています。
写真3:鹿は前足から沈み込む様に倒れましたが、フレームアウトしてしまいました。
写真4:鹿は2回転して止まりました。


こう言った支援射撃は初期のスクールではよく行いました。生徒が1頭も捕獲出来ないといけないので、生徒失中後に支援ランニング射撃で捕獲していました。

その後捕獲出来ない生徒はいない事が判明し、以後はこの手の支援射撃を行わない様になりましたが、初期の生徒は多数がケンさんのランニング射撃を目撃したと思います。

ボルト銃がこんなにも速く連射出来、高命中率であった事は、開拓した手法が完璧であった事の証明にもなります。画期的新射法を開拓出来た事を、誇りに思います。

通常技術ではあり得ないレベルは分かりますが、「嘘もイイ加減にしなさい」そう思う人は、そう言っていれば良いと思いますが、それでは永久に進歩が無く、取り入れた方が得策と思います。

技術は達成の2006年以来「狩猟大全集」や「ブログ」を通して公開中。
狩猟大全集はネットでDVD販売しています。
      https://shuryoudaizenshu.militaryblog.jp/  
 
是非お求め下さい。そしてチャレンジして下さい。公表以来18年、この超素晴らしい射撃法は、未だ誰も再現出来ていない様です。

手法は完璧ですから、やがていつの日にか、誰かがこれを再現し、嘘でなかった事を証明してくれる日が来ると信じています。                 (2024.9.1.)

自らだけで考えて達成するのが1流の人、ヒントを貰って達成する人が2流の人、本だけで出来る様になれば2流と言えます。具体的に詳しく教えてもらい達成する人が3流の人となります。

それでも達成出来ない人が4流、これで巷の高齢ハンターを分類しますと殆どが、達成しようと思わない5流になります。

これは射撃技術だけに留まらず、出会いを得る為の狩猟技術や、通常の仕事の進め方に対しても同様です。通常の仕事は作業職を含め、どんなに上手くやっても2倍まで向上させる事は当り前ですが、不可能です。それは100mを5秒で走れと言う様な物です。

3K職場は嫌われ下等に見られます。自分自身でやってみて判った事ですが、溶接や塗装があんなに技術が必要な面白い職場とは知り ませんでした。

また単純に見える作業職の現場も、10倍の大幅合理化が可能な面白い職場でした。

  


Posted by little-ken  at 17:47ハンティング

2024年09月10日

嘘もイイ加減にしなさい。その5:本州鹿猟。

  本州鹿の巻狩り。
炉端屋はやがて中国産の加工済焼き鳥を過熱して出すだけのビジネスとなり、カモが売れなくなりました。

カモが売れなくなったケンさんは、以前から憧れのシカ猟に転向、取り敢えず勉強させてもらうつもりで本州鹿巻狩りグループに入れて頂きました。

カモ猟を通して射撃には絶対の自信がありましたが、結果的に言えば「殺気」と「気配」を振り撒いていた為、視界内に来てくれる鹿は皆無でした。

色々試行錯誤をしましたが、9年目になっても射程内に来てくれる鹿は皆無でした。
5年を過ぎた頃、こんなアホらしい事はもう辞め様と決意しました。

しかし自ら選んだ道ですから、獲れないので逃げ出す事は絶対に避けたいと思い、1頭捕獲したら辞める事にしました。

9年目の後半、試行錯誤のアイデアが尽き、フテ腐れて大木を背に寝ていました。
ふと気配を感じ、目を開けると3頭の小物鹿がこちらに向かっていました。

間もなく射撃ポイント、高速3連射、先頭のやや大きいのがコケました。
寝ており「殺気」や「気配」を撒き散らさなかったので、鹿は射手の気配が取れず、射程内まで来てくれたのでした。

これで晴れて辞められますが、今回の捕獲から本州鹿の画期的な捕獲方法を思い付き、これを試したくなり、辞める事は延期しました。

この捕獲作戦は「禅の心作戦」と名を付けました。
「禅の心作戦」は捕獲しようと思わず、心を平静に保ち、丸見えの場所で見張りをせず、仏像の様に微動もせず、眼を閉じて待つと言うモノでした。

12年目、あれ程獲れなかった本州鹿が、3週連続で獲れました。3週連続で来たのはマグレ、射程内まで引き寄せ、射獲したのは実力でした。
銃はレミントン1100の20番スラグ専用銃をバックショット運用していました。

       レミントン1100ディアーガン 22インチ無チョーク20番スラグ専用銃。
スラグは命中させ難い事が分かりバックショット使いました。無チョーク銃身からバラ撒きますとよく
当たりますが、被弾粒数不足で時に数km走られました。実質5年間本州鹿約6頭と野ウサギ
10羽余を捕獲しました。


禅の心作戦」は有効に機能しましたが、スラグ専用銃のバックショット運用は無チョークの為に散弾密度が低過ぎ、即倒させる為には連射を要しました。それで12番のチョーク付の銃を作りました。

            レミントン11-87 21インチのターキーチョーク。
12番バックショット専用で出来るだけ短くと素速くを追求、グリップとチークピースは調整しました。
素早い照準にはリブ銃身、前作の無チョークの反省からフルチョークとし、本銃では実質4年運用
で本州鹿約20頭を捕獲すると言う、抜群の成果をあげました。
特筆は20戦全勝であり、失中&半矢未回収がゼロだった事です。


これで「禅の心作戦」と本銃を運用すれば無敵となり、4年間に20戦全勝、捕獲率は1桁向上しましたが、これが猟犬を使った鹿猟の限界と悟り、当初目標のドッグレスエゾ鹿猟に転向しました。
これも他グループのハンターはこの1桁向上が信じられず、「嘘もイイ加減にしなさい」と陰口を叩きました。


  


Posted by little-ken  at 15:35ハンティング

2024年09月08日

嘘もイイが減にしなさい。その4:カモ猟。

  カモ猟に決定。
3年目、狩猟の方向はドッグレス猟のカモ猟に決まりました。カモの付場は発見出来る様になりましたが、何度チャンレンジしても射程内までアプローチ出来ず、絶望的でした。

ある時に野良猫の忍び猟を見学、進んだり停止したりを繰り返し僅か2mまで接近、停止する時の条件が分かりました。

カモが警戒して首を上げると歩みを止め、首が下がり警戒が解けるとまた前進していました。
早即翌週これを試しました。あれ程絶望的だったカモに対する「隠密忍び猟法」が完成しました。

4年目は一段と出会いが増え、射撃も上手くなり撃墜率は向上しました。
オートの実用性はこの時代から可能となり、ガスオート5連銃に換えました。

SKB1900 1番最初のカモ撃ち銃でした。本銃は中々良好なバランスの銃でした。 
当時のベストセラー銃であり、銃身は30インチのフルチョークで12番でした。
同型式の模様違いを4丁使い、カモ撃ちバイトは1丁目、駆除には2~4丁目が大活躍しました。


隠密忍び猟の2秒で10羽を捕獲出来る事もしばしば、出会いの多いカモ猟場に恵まれ、連日多数の失敗経験が積み重ねられ、3年でプロ領域に至りました。

5年目から連日朝出勤前に定数(当時10羽)を捕獲し、夕方には炉端屋に売りに行きました。
独学の射撃術は僅かな期間に相当なハイレベルまで進化したのでした。

その頃は空気と水の流れを読んで、撃墜後5分待てば岸に流着する時だけ撃ち、回収は僅か5分となり、朝のゴールデンタイムを3倍有効に使えました。

10年もすると炉端屋は中国製加工済の冷凍焼き鳥を加熱するだけの商売となり、ケンさんのカモも売れなくなりました。

やがて猟友会のドバト駆除に参加する様になりますと、多少世の為の役に立つ事が出来ました。
10数人で行う駆除は1日400~600羽捕獲がありました。

スイング射撃、フルチョーク、7.5号小粒弾の「3粒被弾撃墜のショットガン効果等を駆使出来たのはケンさんだけでした。それが運用出来れば誰もが1桁捕獲率が上がるのです。
カルガモ駆除も50発で32羽を捕獲しました。

その結果、しばしば全体の過半をケンさん1人で捕獲していました。
最終的には同じSKB1900を5丁使い、カモ類1万羽以上、ハト類5千羽以上の成果を上げました。
これもカモ撃ち仲間や、駆除に同行したハンターはその実績を見ていますが、見ていない大多数のハンターは「嘘もイイ加減にしなさい」と陰口を叩いていました。

  


Posted by little-ken  at 09:05ハンティング

2024年09月03日

嘘もイイ加減にしなさい。

1950年生まれのケンさんの人生は「不可能に挑戦」でした。
中学までは、全ての苦労から逃げ、部活も名前だけ所属のバレーボール部でした。
高校も同路線のつもりでしたが、知らなかったとは言え、名門バレー部に飛び込んでしまいました。

小学生の頃は勉強も下位グループでしたが、中学1年生の時、全く何もしなかったのですが、突然トップ5%になっていました。

マグレかと思いましたが、教科書類は学校に置きっぱなし、家では宿題を含めて勉強をした事はありません。しかし学業の成績が下がる事はありませんでした。

小学校の友人は中学以後のトップグループになったケンさんを知りません。会う機会もないままですが、その話をすれば「嘘もイイ加減にしなさい」になる事でしょう。

中学生までは運動不得意側の代表でしたから、その頃の同級生に会えば、高校でインターハイに行った話や、体力的にスーパーマンになった話は「嘘もイイ加減にしなさい」になります。

工業高校電気科に入学した時、名前だけ所属のつもりでしたが、間違って名門バレー部に入部し、地獄の特訓を受ける事になりました。
周囲は誰もが3日と続かないだろうと見ていました。

しかし、色々な経緯が絡み合って、辞める事が出来ずに我ながら信じられませんが、インターハイにも行き、電気科と名門バレーボール科を卒業する事になってしまい、そして体力的にもスーパーマンになってしまいました。

下のケンさん唯一の賞状以外に、当時を証明する物はありません。


  


Posted by little-ken  at 09:10ハンティング

2024年08月12日

真のビッグサイズトロフィーNO.1。

ケンさんは24年間に1076日出撃(スクールガイド278日含)、エゾ鹿1051頭・ヒグマ6頭を捕獲しました。50m先を走るランニング射撃でした。

それ以来これはと言う怪物級を何頭か捕獲しましたが、87㎝や86㎝であり、記録更新出来ずでした。

ケンさんのエゾ鹿ハンティングスクールは2002~2018年の16年間で351頭の捕獲がありました。その最高サイズは2017年度のU生徒に依る88㎝でした。

U生徒はは僅か4年目12日の出猟で同寸の88㎝を捕獲しました。
迫力負けを起こさず、50mのスナップショットを3秒で決めたのは実力でした。

この怪物との出会いは1週間前のK生徒の時にもありました。しかしK生徒は5秒で撃てず逃げられました。怪物級との出会いを2度も作れた事はケンさんの誇りです。

右写真の方が圧倒的に大きく見えるのは写真の撮り方の差+人物の大きさの違い(ケンさんの方が20%デカい)です。2頭のエゾ鹿は共にケンさんが測定しましたから、間違いなく88㎝です。

同寸でしたから、1998年の1位は覆らず、2017年の88㎝は2位となりました。しかし細かい比較をしますと、ケンさんの捕獲した方はクラウン部に出っ張りがありました。

角長測定の定義はクラウンの下部から角の先端までを曲がりなりの実測長となっています。クラウン部の1㎝の出っ張りは当然長さに加えられます。

一方U生徒の捕獲した物は綺麗な普通のクラウンでした。従って本来の角長で言えば、U生徒の88㎝の方が1㎝大きかった事になります。

さて、で本当のエゾ鹿の最大角長はどの程度まであるのか?  写真はケンさんが敵わないと思った小山氏です。彼は1mを捕獲しておりませんが、90㎝級はマグレとは言わせない数量を捕獲しております。

2010年頃根室でケンさんは明らかにデカイ鹿を200m前後で撃とうとスコープに捉えました。そしたらその怪物は片角、そこでその隣の中型を撃ちました。
回収してビックリ、その中型に見えた鹿は81㎝でした。

翌年、ケンさんは直接見ていないのですが、1mを超える鹿が近くで捕獲されました。直線で計って90㎝弱だったと言いますから、曲りなりに計れば1mを超えていたと思われます。
あの時の鹿だと思いました。

2000年頃は大きさ的に言えば、牛馬クラスの怪物が稀にいました。ケンさんは根室で2回、紋別で 1回見ました。何れも遥か遠くの見晴らしの非常に良い所に陣取っていました。

そう言う事ですから 少なくともケンさんが捕獲した88㎝を超える鹿はいると思われます。しかし、1051頭捕獲しましたが、比較的初期の頃捕獲した88㎝を更新する事は出来ませんでした。

鹿の寿命はオスで8~10歳程度、メスは10~15歳程度と言われています。
共に動物園で飼育すると15~20年の様ですが、自然界は厳しいのとオスは繁殖期になると1か月間餌を余り食べませんので、越冬に失敗する確率が高くなってしまうのです。

一方角長80㎝を超えは8歳程度、従って寿命を迎えてしまい、70㎝オーバーの大物はたくさんいますが、80㎝オーバーの超大物は明らかに少なくなり、85㎝を超える怪物クラスは更に激減して来ます。

根室・別海地区は他地区に比べ、エゾ鹿がやや大型となり、阿寒等の山岳部の鹿は明らかに小型になっています。エゾ鹿も本州鹿も同じ日本鹿です。

東北地方も北部になると、多少大型になり、角長 75㎝程度までは大きくなる様です。愛知では60㎝を超える鹿を見た事はありません。

日本鹿でも九州地区以南では概ね南に行く程小型化し、3段角になる確率が激減しますが、一方エゾ鹿の1歳は同じピン角ですが、45㎝程まで大きくなる事も稀にあります。

その次は2段角ではなく、カニ角と言う先端が2~3つに分かれた状態になり、3才で殆どが小さいながら3段角になり、本州でよく見る2段角の鹿は珍しいです。

どちらの鹿も1歳毎に1本ずつ枝分かれすると言う話も真実ではありません。
食べて美味しいのは、本州鹿の場合、ピン角かメスですが、エゾ鹿ではピン角は味が未成熟であり、美味しいのは2~3才のオスです。
  


Posted by little-ken  at 09:02ハンティング

2024年06月23日

究極の狩猟銃。

  究極の狩猟銃。
旧来の銃の構え方はストックエンドを肩に正しく当てる事から始まりますが、ケンさんは銃を指向する事から始める「スナップショット」を独自に考案しました。

時間の流れを全体並行的に、各手足、頭、眼、そして体各部全体の動きを組立てるのです。発砲の決断と共に体を最終発砲位置に移行、同時に安全装置解除を行いながら、銃身で指さす様に目標に向け、それを肩に真直ぐに引き寄せます。

照準は最初に目標に指向した時にすでに概ね完成しており、肩にストックが着くまで待つ必要は無く、肩に銃を引寄せながらの発砲になります。

スナップショットは初弾反動を肩が受けない為、フリンチングが発生しないメリットがあり、動的に対するスナップスイング連射にも自然に移行出来る様になります。

これもスロー再生能力のお陰で、そう言う瞬時の行動の検証や組立が出来る様になったと思います。

次にライフル銃の場合を考えてみました。
ショットガンの場合は銃身のリブで指向する事で、完璧な照準が非常に早い時期に完成しておりましたが、ライフル銃の場合はリブに相当する物が無い事に加え、照準精度にもう一桁高精度が必要でした。

50m程度ならば、初期指向のままで完成しており、更に心にそのつもりがあれば、スコープの映像は肩に銃が着く少し前から不完全ながら得られ、肩に銃が着くまでより、もっと早い時点から修正を加えながらで撃てました。

連射は自動銃が最も適すると思われ、パターンでカバー出来るショットガンでは反動を押さえ込んだ連射が可能であり、ケンさんも散弾銃オートでは大きな成果を上げました。

自動ライフル銃も同様に使い熟そうと1998年から8年間の試行錯誤をし、300頭以上を捕獲しましたが、ライフル銃は精度上から人力が非介入で、銃だけに撃たせる必要があり、不可能でした。
発砲すると反動で映像が消えてしまい、目標再補足には予想外の時間を要しました。

これに対し銃身指向スナップショットは西部劇並瞬時に撃て、再肩付時も同様の瞬時となり、肩付けのままの連射に拘る必要が無い事が判りました。

再肩付連射は予想よりかなり速く、結果的にボルトアクション再肩付連射は、自動銃より多少速い連射が可能となりました。

また射撃動作の流れが自然で安定しており、自動銃比で4倍の長射程が可能となり、更に高精度な射撃が可能でした。

それは元々ボルト銃の方が自動銃より高精度でありますが、ケンさんの自動銃は150mでワンホール射撃が可能でしたから、それには該当せず、手法のみの比較となりました。

結局、オートでは反動の為に見失った目標の再補足に予想以上の時間を要し、その間に発生する焦りの心が低性能の原因だったと思います。

対するボルト銃の再肩付連射は肩から銃を降ろしている間も、眼は目標を見失っておらず、体全体が追尾を続けています。

再肩付けは西部劇並瞬時であり、オート比で連射は速く、焦りの心は発生しない事から、射程距離は4倍長くなり、命中率は射撃距離が遠くなったにも拘らず、下記の様に甚だ良好でした。

H&K自動銃は100頭以上の走る鹿を捕獲しましたが、有効射程は50m、1頭に5発強でした。

これがボルト銃の再肩付けランニングになりますと、銃を換えた直後から射程距離は200mと4倍に向上、1頭捕獲に要する弾数は銃に不慣れな当初から約50%の2.7発、数か月後には更に約50%の1.4発となりました。

ボルト銃の再肩付けランニング性能は結果的に圧倒的に優れている事が判明し、ランニング連射の為に作られた筈の自動銃は、予想とはかなり違い無能だったと言えました。

ボルト銃の連射は肩にストックを付けたままボルト操作をする方法や、ストレートボルトアクション銃もありますが、自動銃の肩付け連射であっても、ボルト銃の再肩付け連射に勝てなかったのが事実です。

1度見失った目標再補足時間に比べ、再肩付け時間は圧倒的に短く、肩付けのまま連射に拘る事自体が完全に間違いでした。
従ってボルト銃が最強であり、他の銃で勝てる筈がありません。

旧来の考えでは肩に銃を着ける事自体、相当な時間が必要とされていましたが、ケンさんの銃の指向から始まる新しい考え方では、銃が肩に着くまで待つ必要は無く、肩付け連射が無意味である事が判明しました。

自動銃は肩付けのまま連射出来る事を目的とした物ですが、最も時間を要した 再肩付けが一瞬で済む事が立証され、自動銃の存在自体が無意味である事が判明したのです。

更にボルトアクション銃スナップショットには、安全装置解除以外に装填と言う動作を入れても、殆ど時間が延長されない事も判明し、装填したままの自動銃に比べ、圧倒的安全度が増しました。
結局、自動銃はボルト銃に比較すれば、全く役に立たない銃である事が判明してしまいました。

従来的考えでは、装填には時間を要し、安全装置解除にも時間を要し、いざその場になってからでは間に合わないとされていました。

その為、良くない事である事は分かっておりながら、装填済且つ安全装置解除済の危険な銃の携帯が、極めて当たり前に行われていました。
その為に暴発事故等も避難く、また当局もその防止の為に運搬時の装填を取締っておりました。

実際の流し猟では獲物発見から発砲までにはかなり時間があり、獲物を発見してから銃カバーを外し、未装填の銃で装填と安全装置解除をしても楽勝、出会い頭の瞬時でさえも充分間に合いました。

ケンさんスクールでは中期以後、未装填を完璧に守らせましたが、それ以前に比べ、捕獲率は大幅向上し暴発事故は完璧皆無となりました。
そもそも装填していない銃では事故が起こる筈もありません。

装填や安全装置解除の為に時間を要する事が無ければ、それが故に不利になる事もありません。 
また通常技術のライフル銃ではランニング射撃に移る事が出来る筈もなく、ライフル銃に連射機能は全く不要と言え、通常ライフル銃は初弾勝負オンリーになります。

スナップショットは最初にショットガンから始まり、安全装置解除を入れても全く支障のない事が判り、ボルトライフルでは更に装填までも加えられる事が判りました。

ショットガンではストックの調整が命中率の向上には重要項目でしたが、ライフル銃でもストックの調整は同様に重要項目だったのです。

ストック調整した「スコープ専用銃は、銃が誕生して以来の、最も偉大な発明の1つ」となりました。

従来照準に比べれば一桁速く且つ確実となった、銃指向の「スナップショット」や「再肩付けスナップ スイング射撃」等の発想も、この新しく得られた特殊能力の延長でした。

これらのスロー再生や、銃の瞬時操作の再組立合理化と同様、仕事面でも同様に1桁仕事全体の能率を上げ、難攻であった仕事を多数達成出来ました。

結果的に言えば不利なスタートも有難い環境であったと思います。

  


Posted by little-ken  at 08:33ハンティング

2024年06月09日

ツキノワグマ捕獲名人。その2.

 大谷石之丞:明治38年(1905)、津軽で最も僻地と思われる赤石村奥地の百姓の次男として生れました。小学校卒業後、家業に従事の傍ら、マタギのシカリ大谷吉左エ門さんから、マタギや川漁の手解きを受けました。

赤石村は藩政時代からマタギの村として知られ、昭和62年(1987)82才で亡くなるまで、60年以上も獲物を追い続け捕獲数は78頭、命懸けの人生でした。

当時は単発の村田銃で足を止め、槍で止を刺すやり方でした。
山の詳しさに於いては、右に出る者がいなく、山の読みが鋭い。より安全により効率的に目的を果たす為には、何と言っても山を知る事が最も重要な条件となります。

持ち前のこの特技を生かして、クマのいそうな所へ迫るのに妙を得ていました。
クマがどこを通るか、どこで待てば良いか、事の成行きに付いて判断は誠に適切で事実、その通りになる事が十中八九であり、誠に戦略に長けた人だったそうです。

 吉野秀市:群馬で一般的な猟は、2人1組で数匹の猟犬を連れて穴熊を探し当てる物と、6~7人で行う巻狩りですが、彼はマタギ等の集団による巻狩りとは違って、群馬の藤原郷で殆ど単独で猟をして来ました。
積雪期に穴に籠っている熊を穴から熊を追い出し、銃で仕留める方法でした。

その捕獲数が桁外れ、1シーズンに最大32頭の捕獲実績を持ち、生涯では300頭もの月の輪熊を捕りました。「最後の熊捕り名人」として紹介されています。

恐らく彼が最多数捕獲者だったと思われます。原則単独猟の吉野さんは生涯で300頭を捕り、大きな怪我をする事もなく、その銃の腕は一度も撃ち損じた事は無いと言う程の物でした。

しかしその多数捕獲の原因は彼が単に射撃の名手だったからではありません。如何なる射撃の名手であったとしても、射撃の腕だけでそれだけの数の熊を 射止める事は決して出来ません。

それにはまず何よりも熊の棲息する山域の自然を吉野さんが熟知していた事と、そこで生活する熊の生態を知り尽くしていた事にこそあると言えました。

それはマタギを初め猟をする人々誰もが目指していた事であるにも拘らず、彼程それを成し遂げた人はいませんでした。

毎年冬の3月頃まで単独で山に入り熊を追うと言う事は、名人と言えども数々の危機を体験する事無しに、成得る物ではありません。万が一の事態に備える周到さが何時もあったと思われます。

恐らく誰も無し得なかった手法で、熊の冬眠穴を次から次へと発見して行ったと思われますが、凄い人がいた物だと感心します。




 
  


Posted by little-ken  at 17:03ハンティングヒグマ