2024年06月04日

ヒグマ捕獲名人、その2.

ヒグマ捕獲名人、その2.ヒグマ捕獲名人、その2.
 池上治男:1949年、北海道上砂川市生れ、砂川猟友会支部長を30年以上務め、地区一のベテランハンターです。

砂川市は札幌から北東へ80km。12月中旬でも腰の高さまで雪が積もる程の豪雪地帯で、辺り一面が白で埋め尽くされていました。

池上さんは高校時代は美術や剣道、トランペットに打ち込みました。卒業後は「太平洋の真ん中でトランペットを吹いてみたい」と言う夢を胸に北海道大の水産学部へ進み、相手の手を掴んだだけで簡単に投げ飛ばす技を見て「剣道とは違う変わった武道だな」と興味を持ち少林寺拳法同好会に所属。

「何時かは道場を開いて子供達に少林寺拳法を教えたい」と言う目標も持っていました。

大学卒業後は、国内トップクラス水産会社の一つ、株式会社極洋の捕鯨部漁労科に配属されました。その後3年間、捕鯨母船の指令室で捕鯨船を指揮し、「太平洋の真ん中でトランペットを吹く」夢も 叶えましたが、捕鯨は世界中で反発運動が高まり、衰退の一途を辿っておりました。

池上さんは1975年に25歳で退職、砂川市に帰りました。「何時かは」と思い描いて来た、「子供達に少林寺拳法を教えたい」と言う気持ちが湧き上がりました。

しかし少林寺拳法の指導はボランティアであり、生活するには本業を別に持たなければなりません。
ある時池上さんは、市内に住む医者から「塾をやってもらえませんか?」と相談を受けました。

その頃の砂川市は、大手財閥が炭鉱会社や化学会社を営む等、市全体に経済力がありました。  
一方で子供の平均学力は低下しており、医者の頼みは「医学部に行く様な子を増やしたい。

その為に子供達に勉強を教えて欲しい」と言う物でした。本職を探していた池上さんは早速、妻の実家のクリーニング屋の2階を借りて、学習塾「池上塾」を発足しました。

車で数分の場所に少林寺拳法の道場も開講。学習塾は生徒が次々と地元の偏差値トップ校へ進学した事で、口コミですぐに評判になり、市内の小中学生100人以上が池上塾で学んでいたそうです。

1978年には知人数人で市議会にも挑戦、16時頃まで市議会議員として働き、夜は塾や少林寺拳法の先生として、真面目で面倒見のよい池上さんは、あらゆる場所から引く手数多でした。

「ハンターの人手が足りない」1981年41歳の時、仕事の合間によく通っていた喫茶店のオーナー、当時猟友会事務局長・藤井録郎氏は池上さんにこう漏らしました。

「農家のカラス被害が酷いが、ハンターの人手が足りなくて困っている」。池上さんは資格を取ればハンターとして銃を持てると聞き、「農家の為なら」とやって見る事にしました。

「資格」とは第一種銃猟免許の事です。狩猟に使う銃には主に「ショットガン」と「ライフル」の2種類があり、この免許があればどちらも所持する事が出来ます。

ライフルはショットガンを10年以上所持して初めて所持許可を受ける事が出来ます。
池上さんは的に向かって何度も撃ちながら、ベストな”構え方”を研究しました。

ショットガンとは小さな粒弾が同時に何発も飛ぶ銃で、最大射程距離は約50m程度、鹿や鳥類を撃つ事に適しています。

ライフルは日本で所持が許可される銃の中で最も威力が強く、最大射程は300mに及び、到達距離は何と3㎞に及びます。その威力は「鉄筋すら破壊する」程で、ヒグマは主にライフルで撃ちます。

ヒグマを撃つ際は、弾の威力がまっすぐに行く様に基本「立射」ですが、雪や茂みの中に伏せて撃つ事もありますが、池上さんが「怖い」と感じた事は今まで1度も無いそうです。

「動じない精神を(少林寺拳法で)鍛えていたからね」と池上さんは笑います。
「銃の持ち方は少林寺拳法の「左中段構え」に似ているんですよ。

銃を中央に持ちきちんと頬付けをする。そうしないと銃が跳ねてしまうから、しっかりとした構えが必要なんだ」と理解したそうです。

銃免許を取得した池上さんはまず、事務局長から聞いた通り、カラスの有害駆除を始める事にしました。有害駆除とは、自治体から依頼を受け、農作物の被害などを防ぐ為に行います。

池上さんがヒグマを撃ったのは、それから10年以上後のライフル銃取得後でした。
山の食糧が豊富だった1980年代当時、ヒグマは人里に降りて来なかったのです。

初めて撃ったヒグマの記憶は薄れて来ましたが、1990年代以降、ライフルを使える様になった池上さんは、徐々に「箱罠」に掛ったヒグマの止刺しを依頼される様になりました。

箱罠とは鉄製の檻にエゾ鹿の死骸等を仕掛け、ヒグマが餌を食べようと中に入り、踏み板を踏むと扉が閉まる物です。「檻の外からではなく、檻のすき間から銃を差し込んで、一発でドンッと撃ちます。

普通はおっかなくて、銃を中にも入れられないよ。ヒグマにこう(手で振り払う仕草をしながら)やられてしまえば、銃自体が飛んで行くからです。

ところがね、頭を下げて「まいった」って」ヒグマって言うのは覚悟するのです。「ヒグマは頭が良く」箱罠の中で銃を向けられ、状況を理解するのだと言います。

撃つ場所は、脳天。体を傷付けず1発で苦しまずに倒れる様にする為です。
「可哀想だ」と言う気持ちは池上さんの中に常にあります。

元々池上さんはヒグマの絵を頻繁に描く程、ヒグマの事が大好きでした。池上さんはヒグマを撃った後、必ずその場で手を合わせ、般若心経を唱えます。

「生き物を殺すと言う事は、生命を断ち切る事。
命を頂きますと言う事である」と、絵を眺めながら話します。

彼の教えは、実戦では「必ず一発で仕留めろ」。理由は2つです。
1つはヒグマが苦しまずに済む様にする為です。
もう1つは1発で死なない「半矢」状態にならない様にする為です。

猟場で半矢になった場合、反撃してくる恐れが極めて高く、人に攻撃心を抱いたヒグマは、その後も人を襲う様になります。

その為池上さんはこれまで必ず、1発でヒグマを射止めて来ました。1度も外した事はありません。それがどれだけ凄い事なのか。ある時、池上さんが箱罠のヒグマを撃とうとした際、「ヒグマを撃った事がないので、代わりにやらせて欲しい」と別のハンターに頼まれました。

それならと任せた物の銃を構えた腕がブルブル震え、何時までも撃つ事が出来なかったと言います。殆どのハンターは、例え鹿や鳥類のベテランハンターだったとしても、巨大なヒグマを目の前にすると恐怖に圧倒されてしまうのです。

ヒグマを1発で仕留める為に池上さんが意識している事。それは「歩いている状態のヒグマを決して撃たない事」と、「20m以内の近距離から撃つ事」の2つです。

下手に遠距離から撃ったり、動いているヒグマを狙ったりすれば、半矢になる危険があります。
「撃つ」と言うのは非常に大きな責任が伴ないます。
半矢となればそのヒグマを山中で探し出し、止めを刺さなければいけないと言う事です

そして3つ目は、茂みの中に沈んでいるヒグマに狙いを定め、ヒグマが立ち上がり、目が合った瞬間に撃つ事です。撃つのは箱罠と時とは異なり、ヒグマが立ち上がっている為、喉元のやや下です。

「立ち上がった熊はこちらを見ます。その瞬間に撃たないとダーッと走って襲って来る。」そうです。

砂川猟友会にもヒグマを撃った経験のあるハンターは、池上さんを含め3人しかいないのです。
ここで、箱罠の時は「麻酔銃を使えば?」と言う、素人的な疑問も湧きます。
麻酔で眠らせたヒグマを山の中へ運び、そのまま置いて来る事は出来ないのでしょうか?  

まず麻酔銃を扱うには獣医師等の専門資格が必要です。
加えて麻酔銃も銃ですから銃を扱う資格を持ち、その中でもヒグマを目前にして僅か数十mから発砲する度胸がある人はまずいません。

そもそも池上さん達ハンターは何故ヒグマを撃つのでしょうか?  
池上さんが「我々は“熊撃ち”ではない」と言う様に、商売や趣味、そしてヒグマを撃つ事を生き甲斐にしている人達と、池上さんの様に「有害駆除」のみ行うハンターでは、目的が大きく異なります。

池上さん達の場合、「自治体」「地域の振興局」「警察」の三者が「駆除した方が良い」と判断して初めて、猟友会に依頼が来ます。

この時、特定のハンターが指名される事はありませんが、元々適任者は池上さんを含め、3名しかおらず、支部長である池上さんは自ら担当する事が多いそうです。

自治体毎の「目標頭数」と言うのも存在します。各自治体で目指す、ヒグマの駆除数の事です。
何故そんな物が定められているのかと言うと、ヒグマによる農作物被害は深刻で2019年にはその被害額が北海道だけで2億円以上に及んでいるからです。

「農業は農家さんの一生で、収獲出来る回数が本当に少ないのです。
1年に1回の収穫と考えると、30歳から60代までやったとしても、30数回しか収穫はなく、多大な費用と半年以上の努力の全てが無駄になり、死活問題と言う程度を遥かに超える大問題と言えます。

そんな池上さんは2018年、要請に従ってヒグマを駆除しました。現場には十分な高さの土手がありましたが、それを当局は危険場所の発砲とし、ライフル銃の許可を取消しました。

裁判でその安全性が認められ、ライフル銃の資格を取戻す事が出来ましたが、市街地のヒグマの駆除の在り方を根本的に考えさせられる事件となりました。

2019年以降砂川猟友会では、その理由だけではありませんが、ヒグマ駆除の要請を先頃から辞退を続けています。報酬金目的でヒグマハンターになる人はいません。

国や自治体からの報酬は有りますが、生活の糧に出来る程ではありませんから、誰もが本業を持っています。

ヒグマ駆除その出動は本業停止しての出動となります。
出動すれば若干の手当はありますが、周辺地区に比べそれは高校生のバイト並と余りにも低く、ハンターの特殊技能やヒグマ駆除のリスクが全く考慮されておりません。

住民を守るのが警察の役目ですから、ヒグマ駆除は本来警察の「狙撃部隊」が出動すべきです。
ヒグマ駆除に使えるライフル銃と射撃技術を持っています。
しかし実際のヒグマ戦で正しく機能する事は低率です。

ケンさんスクール事例では体重130㎏の無害と言える大物エゾ鹿に冷静に対処出来たのは100名中僅か2名だけでした。

池上さんが遭遇した最も大きいヒグマは実測体重275kg。射手より遥かに大きな猛獣ヒグマに対し、冷静な射撃が出来る事が条件ですが、対応出来る人は極めて僅かです。

猛獣の目前で日頃の訓練ぶりを発揮出来る人は実は100人に推定1人もいないのです。
ヒグマ駆除のベテランでも捕獲数の多くは箱罠の止め刺しに留まり、実戦ヒグマ撃ちも90%のヒグマは逃げるだけです。

反撃して来るヒグマと対戦した経験を持つハンターは極めて少なく、肝心の時に正しく機能出来る人は甚だ僅かであり、過去にもハンター多数が返り討ちに合っているのが現状です。

そんな池上さんの元には今も自治体から「プロファイリング」依頼が頻繁に舞込みます。
プロファイリングとは、ヒグマの足跡や目撃者等のデータから、ヒグマの移動ルートを探る事です。

約30年ヒグマと向き合い、今も毎朝ヒグマパトロールをし、山を熟知した池上さんだからこそ成せる業です。DNA鑑定等でプロファイリングをする鑑識の専門家とは違い、我々ハンターは現場で「動物と植物の動き」見て判断するんです。

山の変化は毎日見ないとわからない。
早朝に行くのは、ヒグマ達は何時も、夜明けと共に麓へ水を飲みに来るからです。

そんな池上さんをヒグマ達は影から見ているのでしょうか。ある牧場から「ヒグマがよく出て困っている」と言われ池上さんが訪れた所、現場に着くや否や、目の前に突然ヒグマが現れました。

所がヒグマは、池上さんを見るなり物凄い勢いで逃げて行ったそうです。
「ヒグマは怖い人間とそうでない人間を見分けているんです。

猟友会ではヒグマだけでなくエゾ鹿も駆除しており、エゾ鹿の残滓は地中に埋める事になっています。我々が鹿を解体する現場もヒグマは遠くから見ており、解体中に1〜2分その場を離れて戻ったら、忽然と鹿がなくなっていた事もありました、ヒグマが持って行くんです。

また以前埋めた残滓(死がいの事)を掘り起こして食べられている事もありました。

ヒグマが市街地へ来る様になった理由に付いて、池上さんは確信を持っています。「色々な見解がありますが、ヒグマは単にエゾ鹿を追って町に来ているだけだと考えている」そうです。

北海道内で その数を増やし続けているエゾ鹿。天敵だったエゾ狼の絶滅や、ハンターの減少が原因だと言われており、そのせいで増殖し過ぎ、エゾ鹿は山の食糧が不足し、人里に降りてくるのです。

ハンターが駆除したエゾ鹿も、残滓も施設でバイオ処理されます。池上さんは、「本来エゾ鹿残滓は「山に置いてくるべき」だと考えます。

元々ヒグマの主食はエゾ鹿ではありませんが、自らエゾ鹿を捕獲しており、残滓を山に置いてくれば、ヒグマは山の中でエゾ鹿を食べる事が出来、自然の摂理でエゾ鹿は増えず、農作物被害も減り、ヒグマを殺さなくて済む、と思っているそうです。

「ヒグマに出会ったら、とにかく息を殺し、動かない事。万が一気付かれたら、ヒグマの目を見ながら両手を大きく広げ、「俺は人間だ! 来るな!」と大声で威嚇するのが有効」だそうです。

池上さんは今、ハンターとしてヒグマのプロファイリングをする傍ら、池上塾の教え子達はやがて東大や早稲田、一ツ橋大、東北大、等の有名大学を卒業し、彼らが世の中を良くしてくれる事でしょう。

過去には「池上さんの様なハンターになりたい」と訪ねて来る若者もいましたが、池上さんは簡単にOKを出しません。

と言うのも生き物を銃で撃つと言う事は、「反発を受ける」事になるからです。池上さんの元にも抗議の電話が掛かり、酷い時には恐喝まがいの言葉を吐かれる事もあるそうです。

「撃つ事でその人の人生が変わる。家族がいる人に、安易に「行ってくれ」とは頼めません。
池上さんの心の根底にあるのは何時も「半分は自己の為に、半分は人の為に」と言う少林寺拳法の理念です。

自己を確立出来たら、その力を社会や人の為に役立て様、そうした意味が込められていると言います。池上さんは今日も猟友会の支部長として、自身のやるべき事をまっとうしています。





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Posted by little-ken  at 16:09 │ハンティングヒグマ