2024年08月29日

真実のメダル。

  13真実のメダル。
その昔こんな美しい友情の話がありました。
1936年8月5日ベルリン大会、陸上競技棒高跳び決勝は午後4時から始まり、4m25を跳んだ日本の西田修平選手と大江季雄選手にアメリカメのドウス選手とセフトン選手の日米4選手にメダル争いが絞られ、バーは一気に10㎝引き上げ4m35としました。

1回目は全員が失敗、2回目でメドウスだけがクリア、迎えた3回目。残る3人はこの高さを越える事は出来ず、メドウスの金メダルが決まった時、時はすでに午後8時を遥かに廻っていました。

残るメダル2つに3人。緊迫した戦いは尚も続きました。夏とは言えドイツ北部のベルリンは寒さが忍び寄り、疲れも手伝って記録が伸びず、何度もバーを下げました。

それでも順位は決まらず、バーが4m15まで下がった時、日本の2人はクリアしましたが、アメリカのセフトンは3回とも落としました。 

これで日本選手の2位・3位が決まりました。
試合時間は5時間を超え、午後9時を大きく廻り、ドイツの審判が「もう辞めないか」と提案をし、2人も「もう戦えない状態」でしたから同意しました。

西田は「記録が同じだから2人共2位」と思っていましたが、翌日の表彰式で驚きました。2位西田、大江3位、記録4m25を西田は1回目、大江は2回目に成功し、それが順位を分けました。

しかしその規則はベルリン大会の後から適用される筈でした。
「審判が間違えたのだから、正さないといけない」明快な考えの元、大江と相談し西田は銀座の宝石店で銀と銅、銅と銀を接合した世界に2つしかない メダルに創り変えました。

昔は「友情のメダル」として紹介されていましたが、それより「真実のメダル」の方が相応しい名称でした。
真実のメダル。





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Posted by little-ken  at 09:10 │銃と弾射撃