2024年08月28日
オリンピックの不公平。
11.パリオリンピック。
マイナーな競技は採用種目が各大会毎に少しずつ変わりますが、パリ大会の射撃競技では次頁の 競技が行われ、日本からは男子2名、女子1名が出場しましたが、共に予選落ちとなりました。
10mエアライフルとエアピストル、50mスモールボア3姿勢、25mラピッドファイアーピストル、トラップ射撃、スキート射撃、男女6種類が行われました。
更に男女混合団体で3種、10mのエアライフルとエアピストル、スキート射撃が行われました。
これまでの日本選手は、ロサンゼルス1984大会で蒲池猛夫選手(ラピッドファイアピストル)で金メダル、1984~1992まで3連続でメダル合計5個を獲得していますが、この時は国を上げて支援がありました。
アトランタ1996大会以降メダルから遠ざかっており、再度射撃競技の底辺拡大が望まれます。
12.オリンピックの不公平。
冒頭のバレーで残念に思った事にも関係しますが、バレーとバスケットは身長の不公平が大き過ぎると思います。
ケンさんもその方面の経験者ですが、10㎝高い相手を撃破する事は容易ではありません。
それに対し格闘技レスリングでは体重階級が6種、更に攻撃範囲違いで2倍の12種類もあります。
柔道とボクシングでは体重階級7種があり、小男と巨大男の戦いが公平とは思えませんが、さりとて「5~10㎏前後毎」の体重階級がオリンピック全体から見て公平とは思えません。
体重階級は軽量級・中量級・無制限級の3種に統一、境界値は各競技毎に決め、一方でバレーやバスケでは身長別階級である、低身長級・中身長級・無制限級の3種を新設するべきだと言えます。
またベストアタッカー賞・ベストブロック賞・ベストサーブ賞・ベストリベロ賞も試合の公式記録を集計し、金・銀・銅のメダルを与えるべきだと言えます。
陸上の走る距離違い等で13種類も多過ぎ、水泳はもっと多く、距離違いや泳ぎ方違いで18種類、これも明らかに多過ぎます。
他にも種類が多過ぎるスポーツも多数見受けられます。
個人競技と団体競技がある場合、競技が丸々2倍、メダル数も2倍になってしまう問題あります。
これらは半減を通り越し、取り敢えず1/3~1/4に減らすべきだと言えます。
メダル5~6個のゴッソリも良くないと思います。出場は2つまでに制限すべきです。
新スポーツもどんどん取り入れるべきであり、その一方で全体として公平感を増す為に新たな階級の新設や、歴史ある経緯も涙を呑んで、体重階級や競技自体の整理をしなければなりません。
射撃も約100年前の1920アントワープ大会ではバイアスロンや近代5種を除いて20種目もありましたが、今は涙を呑んで6種となりました。
なるべく多くの人が参加出来る様にし、なるべく多くの人がメダルを貰える様に3位決定戦は行わず、3位の銅メダルは2組で良いと思います。
チームで出場する場合、ベンチ要員にはメダルがありますが、リザーブ要員には何もありません。
卓球の女子団体では早田選手がリザーブ選手を入れ、早田選手の個人競技のメダルを使用し、4人全員がメダルを首に掛けた状態で記念撮影しました。
早田選手は長い間遠征枠にも入れず、リザーブ要員だった時もあり、思いやりの心使いが出来ました。これは制度化される事を望みます。
JOCで少し小型のレプリカメダルを作り、正規の表彰式の直後にリザーブ選手や監督やコーチにも渡る様にすればと思います。
ケンさんもインターハイ遠征は3度あり、1回目雑用係、2回目練習相手、3回目はベンチでした。
ベスト8に至らず敗退、従って3回目の選手章以外、何もありません。それが欲しくてバレーボールを続けた訳ではありませんが、多くの人の支えがあり、また多くの夢が届かなかった人達がいた事も忘れてはなりません。
思えば1966年ケンさんは名門バレー部に間違って入部してしまいました。
同時期に入部した生徒は50人強も、要領の良いヤツから順に90%が逃げ出しました。
練習が苦し過ぎるが故に逃げる事は、90%がそうするのなら世間的に見ればそれが正常です。
バレーだけが人生ではなく、その後が良い人生となってくれれば、それで良いと思います。
名門クラブやプロの世界では競技種に依らず、全て90%がそうですからそれも正常であり、他の分野で頑張る事が出来れば全く問題はありません。
銃を始める人も90%が目標を達成する事なく、辞めました。これも趣味は他に幾らでもありますから、銃を辞める事は特別な事ではありません。
自前ビジネス時もそうでした。飲食店に多いのですが、自分の店を持つ事が夢の人は多くいます。
他にも色々な分野で多くの人がサラリーマンより1桁儲かる自前ビジネスを試みます。
しかし、ここでも90%が辞め(諦め)、ケンさんはここでも10%の異常組となりました。
結局はどの業界も全て同じで、当初思っていた物とは大違い、追加努力無制限1本勝負で潰れなかった人だけが、勝利者になれる点が共通でした。縁あって始めたのですからもう少し続ければと思います。
高校の時、特訓から逃げる方法を考え、番長グループのリンチに会った時もやっつける方法を考えました。待ち伏せし、飛び出すと同時に真正面から番長の顔面パンチを撃つ作戦でした。
その後は袋叩きに会う事を覚悟していました。番長は鳩がマメ鉄砲を食らった様な顔のまま、パンチを真面に喰らって立てなくなり、長居は無用とケンさんは速やかに立ち去り、袋叩きを免れました。
以後番長グループはケンさん以外のリンチも2度と行わず、ケンさんには道を譲る様になりました。
ケンさんの友人に抜群に野球と鉄棒が優れた2人は、共に有名スポーツ高校特待生になりました。
その方面では実る事無くは正常範囲ですから良いのですが、極く早期に逃げ出してしまいました。
2名は類稀な能力を発展させ様とはせず、良い職は無いかと業界1周の転職を繰り返しました。
どこも類似であった事は言うまでもありません。上辺の要領だけで済まそうとした点が共通で、結果は更に要領頼みの深みに嵌まって行く様に見えました。
ケンさんは持ち合わせませんが、要領も立派な特技であり、人当たりの良さも立派な特技ですが、 本質が伴なわなければ全て空しい物になります。
マイナーな競技は採用種目が各大会毎に少しずつ変わりますが、パリ大会の射撃競技では次頁の 競技が行われ、日本からは男子2名、女子1名が出場しましたが、共に予選落ちとなりました。
10mエアライフルとエアピストル、50mスモールボア3姿勢、25mラピッドファイアーピストル、トラップ射撃、スキート射撃、男女6種類が行われました。
更に男女混合団体で3種、10mのエアライフルとエアピストル、スキート射撃が行われました。
これまでの日本選手は、ロサンゼルス1984大会で蒲池猛夫選手(ラピッドファイアピストル)で金メダル、1984~1992まで3連続でメダル合計5個を獲得していますが、この時は国を上げて支援がありました。
アトランタ1996大会以降メダルから遠ざかっており、再度射撃競技の底辺拡大が望まれます。
12.オリンピックの不公平。
冒頭のバレーで残念に思った事にも関係しますが、バレーとバスケットは身長の不公平が大き過ぎると思います。
ケンさんもその方面の経験者ですが、10㎝高い相手を撃破する事は容易ではありません。
それに対し格闘技レスリングでは体重階級が6種、更に攻撃範囲違いで2倍の12種類もあります。
柔道とボクシングでは体重階級7種があり、小男と巨大男の戦いが公平とは思えませんが、さりとて「5~10㎏前後毎」の体重階級がオリンピック全体から見て公平とは思えません。
体重階級は軽量級・中量級・無制限級の3種に統一、境界値は各競技毎に決め、一方でバレーやバスケでは身長別階級である、低身長級・中身長級・無制限級の3種を新設するべきだと言えます。
またベストアタッカー賞・ベストブロック賞・ベストサーブ賞・ベストリベロ賞も試合の公式記録を集計し、金・銀・銅のメダルを与えるべきだと言えます。
陸上の走る距離違い等で13種類も多過ぎ、水泳はもっと多く、距離違いや泳ぎ方違いで18種類、これも明らかに多過ぎます。
他にも種類が多過ぎるスポーツも多数見受けられます。
個人競技と団体競技がある場合、競技が丸々2倍、メダル数も2倍になってしまう問題あります。
これらは半減を通り越し、取り敢えず1/3~1/4に減らすべきだと言えます。
メダル5~6個のゴッソリも良くないと思います。出場は2つまでに制限すべきです。
新スポーツもどんどん取り入れるべきであり、その一方で全体として公平感を増す為に新たな階級の新設や、歴史ある経緯も涙を呑んで、体重階級や競技自体の整理をしなければなりません。
射撃も約100年前の1920アントワープ大会ではバイアスロンや近代5種を除いて20種目もありましたが、今は涙を呑んで6種となりました。
なるべく多くの人が参加出来る様にし、なるべく多くの人がメダルを貰える様に3位決定戦は行わず、3位の銅メダルは2組で良いと思います。
チームで出場する場合、ベンチ要員にはメダルがありますが、リザーブ要員には何もありません。
卓球の女子団体では早田選手がリザーブ選手を入れ、早田選手の個人競技のメダルを使用し、4人全員がメダルを首に掛けた状態で記念撮影しました。
早田選手は長い間遠征枠にも入れず、リザーブ要員だった時もあり、思いやりの心使いが出来ました。これは制度化される事を望みます。
JOCで少し小型のレプリカメダルを作り、正規の表彰式の直後にリザーブ選手や監督やコーチにも渡る様にすればと思います。
ケンさんもインターハイ遠征は3度あり、1回目雑用係、2回目練習相手、3回目はベンチでした。
ベスト8に至らず敗退、従って3回目の選手章以外、何もありません。それが欲しくてバレーボールを続けた訳ではありませんが、多くの人の支えがあり、また多くの夢が届かなかった人達がいた事も忘れてはなりません。
思えば1966年ケンさんは名門バレー部に間違って入部してしまいました。
同時期に入部した生徒は50人強も、要領の良いヤツから順に90%が逃げ出しました。
練習が苦し過ぎるが故に逃げる事は、90%がそうするのなら世間的に見ればそれが正常です。
バレーだけが人生ではなく、その後が良い人生となってくれれば、それで良いと思います。
名門クラブやプロの世界では競技種に依らず、全て90%がそうですからそれも正常であり、他の分野で頑張る事が出来れば全く問題はありません。
銃を始める人も90%が目標を達成する事なく、辞めました。これも趣味は他に幾らでもありますから、銃を辞める事は特別な事ではありません。
自前ビジネス時もそうでした。飲食店に多いのですが、自分の店を持つ事が夢の人は多くいます。
他にも色々な分野で多くの人がサラリーマンより1桁儲かる自前ビジネスを試みます。
しかし、ここでも90%が辞め(諦め)、ケンさんはここでも10%の異常組となりました。
結局はどの業界も全て同じで、当初思っていた物とは大違い、追加努力無制限1本勝負で潰れなかった人だけが、勝利者になれる点が共通でした。縁あって始めたのですからもう少し続ければと思います。
高校の時、特訓から逃げる方法を考え、番長グループのリンチに会った時もやっつける方法を考えました。待ち伏せし、飛び出すと同時に真正面から番長の顔面パンチを撃つ作戦でした。
その後は袋叩きに会う事を覚悟していました。番長は鳩がマメ鉄砲を食らった様な顔のまま、パンチを真面に喰らって立てなくなり、長居は無用とケンさんは速やかに立ち去り、袋叩きを免れました。
以後番長グループはケンさん以外のリンチも2度と行わず、ケンさんには道を譲る様になりました。
ケンさんの友人に抜群に野球と鉄棒が優れた2人は、共に有名スポーツ高校特待生になりました。
その方面では実る事無くは正常範囲ですから良いのですが、極く早期に逃げ出してしまいました。
2名は類稀な能力を発展させ様とはせず、良い職は無いかと業界1周の転職を繰り返しました。
どこも類似であった事は言うまでもありません。上辺の要領だけで済まそうとした点が共通で、結果は更に要領頼みの深みに嵌まって行く様に見えました。
ケンさんは持ち合わせませんが、要領も立派な特技であり、人当たりの良さも立派な特技ですが、 本質が伴なわなければ全て空しい物になります。