2022年11月05日
テレビ出演依頼。
2週間の北海道ツーリングに行って来ました。ランクル300で2300㎞も走ってしまいました。
またその内、アップしたいと思います。
テレビ出演依頼。
永年ライター業界で活躍していますと、テレビ出演依頼も幾つかありました。
しかしマスコミ業界は、ケンさんがいたライター世界でもそうでしたが、原稿の締め切り直前まで手を付けず、徹夜でギリギリ締め切りに間に合わせ、修正を受け付けないと言う体質でした。
また日本を主導しているのは我々だと言う、自惚れを持っており、態度横柄な所が強くありました。原稿の事前チェックが時間的に出来難い、また変更を嫌う体質から、過去の狩猟番組も日常的には極普通に行われているが、法的にグレー以上の部分が平然と出ていました。
また狩猟の捕獲シーンは、多くても1日に数度しかチャンスはなく、肝心の一瞬は予告無しに突然訪れ、それはカメラマンがゲストと同等以上の狩猟能力があり、捕獲チャンスを予知出来なければ、その極めて一瞬の捕獲シーンを上手く撮影する事は不可能でした。
そして更に言えば発砲シーンと命中するシーンは同時に撮影する事は出来ません。
大勢がゾロゾロガヤガヤしながら、獲物に射程内まで近付く事は不可能であるからです。その意味ではカメラマンが単独忍び猟が出来るハンターでなければならず、しかも1人でなければダメなのです。
足跡を追跡するシーンも、後方からの撮影に限られ、また発砲するシーンも最大限に良くても後方 から、そして捕獲シーンは殆どカメラマンの目には入らず、概ね撮影不可能、後述1項のファン誌取材の様に、倒れた後の獲物しか撮影は出来ませんでした。
従ってこれらを補う膨大なシーンが必要となり、その全てが「ヤラセ」となります。
銃を担いで歩いたり、銃を構えるまでは、違法ではありませんが、それでも先にカメラが陣取ってから、「ヤラセ」撮影が始まります。
発砲シーンは法的には射撃場でのみの撮影となります。銃刀法や狩猟法では、狩猟で獲物に向けた場合と、認定を受けた射撃場の標的射撃しか、実弾の発砲が許されていないからです。
1982年の「マタギ」、1987年の「イタズ」と言う2本の映画では、(イタズはクマの事)非常に珍しくクマの実猟実射シーンがありました。


しかし、そのクマは北海道登別ヒグマ牧場から、購入した大小のヒグマ8頭が、場面に合わせ本来のツキノワグマに代り出演していました。現在の阿仁マタギヒグマ牧場は、この時の余ったヒグマの6頭の飼育から始まりました。
森の中のヒグマは全て足が鎖で繋がれた状態、鎖は殆ど映らない様にしていましたが、僅かに映っていました。実弾で射殺しましたが、本物のハンターが映画の主役に代わって撃ったと思います。これらは現在なら完全に、狩猟法違反や銃刀法違反の動かぬ証拠と、なってしまいます。
1960年頃までは「トド」(アシカの巨大版)の駆除に自衛隊のF86セーバー戦闘機や、12.7㎜4連装対空機銃で、トドを実弾射撃で駆除していました。効果は殆どゼロだったらしいです。
さてさて、そんな業界の特殊な事情から、取材申込みがあると、ケンさんは何時も条件を付けました。
1.放送内容を事前にチェック出来、不具合があれば修正出来る事。
2.狩猟を普及させる為の協力であって、興味本位のマスコミ作品には協力したくない。
そんな修正を受け付けない特異な集団に対して、条件を付ければ話が上手く進む筈がありません。それでテレビ取材の話は全部流れました。それでは何処から何時どんな依頼があって、その後 どうなったのか、テレビ取材以外も含めてお話ししましょう。
1.ファンシューティング取材、2007年。
銃と狩猟の入門雑誌にファンシューティングと言う雑誌があり、ケンさんの根室スクールが取材を受けました。取材は4日に渡り、正味2日は狩猟実戦の取材です。
ファン誌のエゾ鹿猟の取材はこの数年前から始まり、旭川のシューティングサプライと言う銃砲店が窓口になり、ヒグマ撃ち名人である原子兄弟の全面協力で実施されていました。
所が2006年、主役の原子兄さんがヒグマに逆襲され、瀕死の重傷を負い、それで恒例のエゾ鹿猟取材が不可能となり、やむなくケンさんのスクールに来たと言う背景でした。
編集長の小川氏もモデルのコトミ嬢も、過去の取材時に数頭のヒグマを捕獲した事になっています。1日目は何時も生徒に行っている、流しのガイド猟を体験して貰う事にしました。
中型鹿の並チャンスですが3度あり、自費で来ている生徒なら、初参加の生徒でも、正しく照準して発砲出来た筈で、レピーター生徒ならこのチャンスから2頭を捕獲した事でしょう。
生徒は1日5万円も実習費を払うのですから、事前トレーニングにもかなりの力が入ります。発砲準備、スナップショット、フリンチング対策、そんな処がメインなのです。
しかし、実習費を自費で払わない取材スタッフ陣は、銃を所持しているだけで、全くハンターとしての事前準備はゼロだったと思います。


小川編集長のライフルはウインチェスタープレ64カスタム、これは並に当たりました。しかし獲れる筈のチャンス3度から、獲物が見えたのは、モデル嬢の1回のみ、そして彼女の無照準のダメ元発砲が1回のみでした。
他の2名は鹿が全く見えなかった様でした。過去3シーズンの取材から、捕獲体験もかなりある事になっており、それからすれば、信じられない無能さでした。
翌日も朝1番はスクールの流し猟を行いましたが、今度は余り良いチャンスは無く、そこでモンゴル丘の巻狩りをする事にしました。モンゴル丘は鹿の移動ルート上にあり、日中の鹿は沢に隠れています。
ケンさんの車には小川編集長とコトミ嬢、もう1台の車には神崎記者、我々の車が射手役となり、もう神崎記者側の車が勢子役をします。
勢子役の車から、3頭いたと連絡があり、神崎記者に射撃チャンスがあったのですが、彼の眼には鹿が見えず射撃を見送り、やがて鹿は走り出し、ケンさん達の方に向かって来ました。
ケンさんはゲスト射手2人に鹿が止まる場所を指示、射撃準備をさせました。やがて鹿は予めの予想通りの場所で立ち止まり、プレ64カスタムには150m静止の絶好のチャンスとなりました。
しかしゲスト2名にはこれが全く見えていません。まもなく鹿は再び走り出します。
やむなくケンさんが走り出す直前の1頭を倒しました。残る2頭も走りだせば彼らにも見えると思い、追加射撃は控えましたが、それでも全く見えていませんでした。
鹿は戻る方向に走り、急いで場所替え、その過程で2頭は車の前を横切りましたが、彼らにはこれも見えなかった様でした。
やがて射撃ポイントに到着、また発砲準備から始まります。ゲスト2名は鹿が見えていない様で、ウロウロ、またやむなくケンさんが射撃し、150m先を走る2頭を3発で倒しました。最初の1頭を合わせると4発で3頭を倒し、巻狩りは終了しました。
目前で鹿3頭が捕獲されたのに、何も見てなかった、見る事が出来なかったので、何の取材も出来ずに終りました。その程度の能力で狩猟の取材?、 よくも恥ずかしくもなく、来れたと感心します。
誠にお粗末な御一行でした。お粗末雑誌ファンシューティングはその後まもなく廃版になりました。
編集長は退職し、栃木県でガンショップを開業しました。
全国を狩猟取材して得た豊富な?知識で、的確なアドバイスが出来る事を、メリットとして唱っていますが、その程度の狩猟経験と知識で、何のアドバイスが出来るのか、甚だ疑問です。
またその内、アップしたいと思います。
テレビ出演依頼。
永年ライター業界で活躍していますと、テレビ出演依頼も幾つかありました。
しかしマスコミ業界は、ケンさんがいたライター世界でもそうでしたが、原稿の締め切り直前まで手を付けず、徹夜でギリギリ締め切りに間に合わせ、修正を受け付けないと言う体質でした。
また日本を主導しているのは我々だと言う、自惚れを持っており、態度横柄な所が強くありました。原稿の事前チェックが時間的に出来難い、また変更を嫌う体質から、過去の狩猟番組も日常的には極普通に行われているが、法的にグレー以上の部分が平然と出ていました。
また狩猟の捕獲シーンは、多くても1日に数度しかチャンスはなく、肝心の一瞬は予告無しに突然訪れ、それはカメラマンがゲストと同等以上の狩猟能力があり、捕獲チャンスを予知出来なければ、その極めて一瞬の捕獲シーンを上手く撮影する事は不可能でした。
そして更に言えば発砲シーンと命中するシーンは同時に撮影する事は出来ません。
大勢がゾロゾロガヤガヤしながら、獲物に射程内まで近付く事は不可能であるからです。その意味ではカメラマンが単独忍び猟が出来るハンターでなければならず、しかも1人でなければダメなのです。
足跡を追跡するシーンも、後方からの撮影に限られ、また発砲するシーンも最大限に良くても後方 から、そして捕獲シーンは殆どカメラマンの目には入らず、概ね撮影不可能、後述1項のファン誌取材の様に、倒れた後の獲物しか撮影は出来ませんでした。
従ってこれらを補う膨大なシーンが必要となり、その全てが「ヤラセ」となります。
銃を担いで歩いたり、銃を構えるまでは、違法ではありませんが、それでも先にカメラが陣取ってから、「ヤラセ」撮影が始まります。
発砲シーンは法的には射撃場でのみの撮影となります。銃刀法や狩猟法では、狩猟で獲物に向けた場合と、認定を受けた射撃場の標的射撃しか、実弾の発砲が許されていないからです。
1982年の「マタギ」、1987年の「イタズ」と言う2本の映画では、(イタズはクマの事)非常に珍しくクマの実猟実射シーンがありました。


しかし、そのクマは北海道登別ヒグマ牧場から、購入した大小のヒグマ8頭が、場面に合わせ本来のツキノワグマに代り出演していました。現在の阿仁マタギヒグマ牧場は、この時の余ったヒグマの6頭の飼育から始まりました。
森の中のヒグマは全て足が鎖で繋がれた状態、鎖は殆ど映らない様にしていましたが、僅かに映っていました。実弾で射殺しましたが、本物のハンターが映画の主役に代わって撃ったと思います。これらは現在なら完全に、狩猟法違反や銃刀法違反の動かぬ証拠と、なってしまいます。
1960年頃までは「トド」(アシカの巨大版)の駆除に自衛隊のF86セーバー戦闘機や、12.7㎜4連装対空機銃で、トドを実弾射撃で駆除していました。効果は殆どゼロだったらしいです。
さてさて、そんな業界の特殊な事情から、取材申込みがあると、ケンさんは何時も条件を付けました。
1.放送内容を事前にチェック出来、不具合があれば修正出来る事。
2.狩猟を普及させる為の協力であって、興味本位のマスコミ作品には協力したくない。
そんな修正を受け付けない特異な集団に対して、条件を付ければ話が上手く進む筈がありません。それでテレビ取材の話は全部流れました。それでは何処から何時どんな依頼があって、その後 どうなったのか、テレビ取材以外も含めてお話ししましょう。
1.ファンシューティング取材、2007年。
銃と狩猟の入門雑誌にファンシューティングと言う雑誌があり、ケンさんの根室スクールが取材を受けました。取材は4日に渡り、正味2日は狩猟実戦の取材です。
ファン誌のエゾ鹿猟の取材はこの数年前から始まり、旭川のシューティングサプライと言う銃砲店が窓口になり、ヒグマ撃ち名人である原子兄弟の全面協力で実施されていました。
所が2006年、主役の原子兄さんがヒグマに逆襲され、瀕死の重傷を負い、それで恒例のエゾ鹿猟取材が不可能となり、やむなくケンさんのスクールに来たと言う背景でした。
編集長の小川氏もモデルのコトミ嬢も、過去の取材時に数頭のヒグマを捕獲した事になっています。1日目は何時も生徒に行っている、流しのガイド猟を体験して貰う事にしました。
中型鹿の並チャンスですが3度あり、自費で来ている生徒なら、初参加の生徒でも、正しく照準して発砲出来た筈で、レピーター生徒ならこのチャンスから2頭を捕獲した事でしょう。
生徒は1日5万円も実習費を払うのですから、事前トレーニングにもかなりの力が入ります。発砲準備、スナップショット、フリンチング対策、そんな処がメインなのです。
しかし、実習費を自費で払わない取材スタッフ陣は、銃を所持しているだけで、全くハンターとしての事前準備はゼロだったと思います。


小川編集長のライフルはウインチェスタープレ64カスタム、これは並に当たりました。しかし獲れる筈のチャンス3度から、獲物が見えたのは、モデル嬢の1回のみ、そして彼女の無照準のダメ元発砲が1回のみでした。
他の2名は鹿が全く見えなかった様でした。過去3シーズンの取材から、捕獲体験もかなりある事になっており、それからすれば、信じられない無能さでした。
翌日も朝1番はスクールの流し猟を行いましたが、今度は余り良いチャンスは無く、そこでモンゴル丘の巻狩りをする事にしました。モンゴル丘は鹿の移動ルート上にあり、日中の鹿は沢に隠れています。
ケンさんの車には小川編集長とコトミ嬢、もう1台の車には神崎記者、我々の車が射手役となり、もう神崎記者側の車が勢子役をします。
勢子役の車から、3頭いたと連絡があり、神崎記者に射撃チャンスがあったのですが、彼の眼には鹿が見えず射撃を見送り、やがて鹿は走り出し、ケンさん達の方に向かって来ました。
ケンさんはゲスト射手2人に鹿が止まる場所を指示、射撃準備をさせました。やがて鹿は予めの予想通りの場所で立ち止まり、プレ64カスタムには150m静止の絶好のチャンスとなりました。
しかしゲスト2名にはこれが全く見えていません。まもなく鹿は再び走り出します。
やむなくケンさんが走り出す直前の1頭を倒しました。残る2頭も走りだせば彼らにも見えると思い、追加射撃は控えましたが、それでも全く見えていませんでした。
鹿は戻る方向に走り、急いで場所替え、その過程で2頭は車の前を横切りましたが、彼らにはこれも見えなかった様でした。
やがて射撃ポイントに到着、また発砲準備から始まります。ゲスト2名は鹿が見えていない様で、ウロウロ、またやむなくケンさんが射撃し、150m先を走る2頭を3発で倒しました。最初の1頭を合わせると4発で3頭を倒し、巻狩りは終了しました。
目前で鹿3頭が捕獲されたのに、何も見てなかった、見る事が出来なかったので、何の取材も出来ずに終りました。その程度の能力で狩猟の取材?、 よくも恥ずかしくもなく、来れたと感心します。
誠にお粗末な御一行でした。お粗末雑誌ファンシューティングはその後まもなく廃版になりました。
編集長は退職し、栃木県でガンショップを開業しました。
全国を狩猟取材して得た豊富な?知識で、的確なアドバイスが出来る事を、メリットとして唱っていますが、その程度の狩猟経験と知識で、何のアドバイスが出来るのか、甚だ疑問です。
Posted by little-ken
at 15:02
│銃と弾