2021年09月11日
狩猟天国に移住。
北海道は狩猟天国です。雪道と荒れた林道の運転技術と出会いを得る技術と射撃技術があれば、国内最大の鹿であるエゾ鹿は獲り放題、あわよくば国内最大の猛獣であるヒグマも獲れます。
ケンさんは毎日2~3頭のエゾ鹿を捕獲、狩猟三昧の日々を過ごす事が出来まして、総捕獲数は24年間で1051頭になり、ヒグマも16年間に6頭を捕獲しました。近年はかなりヒグマとの出会いも増えています。
それだけではありません。北海道は川も海もフィッシング天国でもあります。 渓流では野性のヤマメは難しくなりましたが、岩魚やレインボウが手軽に釣れ、ウグイなら誰も釣らず釣り放題、ウグイも小型ならかなり美味しく食べられます。
海では乗合船に乗れば大型魚である鮭やマダラが簡単に大型クーラー満タン釣りが可能です。4㎏の鮭が定数10匹、クーラーと氷を含めると50㎏以上となり、これをどの様にして船から降ろして車に積み込むか、これが最大の問題点となります。
山では春の行者ニンニクや山草、初夏の根曲り竹や熊笹ワラビ、秋には野性のマツタケやキノコ類が豊富です。これも人口密度が低い事、冬場の4~5ヶ月が保護期間となっている事等々の要因があります。半面その期間は雪との長い戦いの場でもあります。
仕事の関係では良いサラリーマンの働き口は非常に限られますが、エゾ鹿猟は狩猟シーズン以外にも駆除 法人に所属すれば1年中の狩猟で生計を立てる事も出来なくはありません。
腕の良いハンターは年収1千万円越えも夢ではありません。漁業で生計を立てる事も比較的やり易い環境にあると言えます。ホタテ漁や温室農業で大成功している人も多数見掛けます。
次項は定年後の趣味を充実させようと移住したハンターの紹介です。
1:愛知のK氏の場合。
家族と共に移住、地元猟友会にも所属し、駆除にも参加しました。
地元の数人が親切に色々教えてくれました。愛知の猟友宛には夢の様な狩猟天国だとの便りがありました。しかし雪道の運転が出来ない奥様は冬が耐え切れず、最初の冬に実家に帰りました。
地元ハンターとの関係は、只で助手として使える内までは双方の利害が一致し、上手く行っておりましたが、自力で狩猟をする様になると掌を返した様に態度が変わりました。同じエリア内で狩猟をやらなければまだ良かったのですが、それ程の才覚もありません。
同じエリアで駆除ハンターが増えれば、駆除手当の減少が懸念され、どうも陥れられたらしく、移住は2年で急に打ち切られ、地元に戻るや否や銃を返納、閉じ籠もってしまいましたから、何かあったに違いありません。数年後に他界してしまい、詳細は全く不明のままとなりました。
2:三重D氏の場合。
猪巻き狩りハンターのD氏は、エゾ鹿肉を北海道のあるハンターから買いました。その内に北海道ハンター氏はD氏が猪ハンターである事を知り、エゾ鹿猟を案内するからと誘いました。
D氏は最も獲れない猪猟に比べ、桁違いのエゾ鹿猟の素晴らしさに嵌まり、ガイド氏はそれ程気に入ったので あれば移住したらと冗談で誘いました。数年後、D氏は本当に移住しました。最初の内は無料の助手として使え、2人の関係は上手く行っておりました。しかし自力で狩猟をする様になった2年目から態度が急変しました。
K氏の場合と同様に、教わったエリアを使わずに他のエリアで行えば良かったのですが、同じエリア内でハンターが増えれば北海道ハンター氏の駆除手当が減少は見え見えです。
こうして移住は2年で破綻、その後は移住断念のテレ隠しなのか、シーズン10日前後の通いハンターで数年間を続けましたが、傑作なのは毎年ハンティングカーを換えた事でした。
1台目は北海道ハンター氏と同じ、ハイラックスのダブルキャブ、これは大き過ぎると思ったのか、2年目は何と軽トラ4WD、しかし走破能力が低過ぎ、運転が疲れるのと荷台への積み込みが困難と言う事で、3台目となりました。
3年目はハイラックスのワゴン車の後部荷室にスタック脱出用と兼ねた電動ウインチを装備しました。そのウインチが役に立ったかどうかは知りませんが、すぐに運用を辞めたのを見ますと役に立たなかったと思います。
またスタックした時に運用すれば、床面取り付けではボデーが相当大きくひずみ、修理不能な車になってしまいます。
結局は地元の妨害下では猟果も上がらず、単独ではエゾ鹿のハンドリングにも困り、最後は釧路ガイド猟の中型3段角2頭捕獲を以ってエゾ鹿猟を卒業、獲れない猪の巻き狩りハンターに戻りました。無駄使い額の合計は推定ですが、アフリカ猟に行ける程の金額になったと思います。
3:東京B氏の場合。
B氏は憧れのログハウスを湖畔に新築し、家族と共に移住しました。
夏は涼しい湖畔や渓流で釣り、春は山菜、秋はキノコやサーモン釣り、冬はカモ猟&蝦夷雷鳥猟とエゾ鹿猟、更に氷に穴を開けて釣るアイスフィッシング、空気は綺麗、騒音は無く、夢の狩猟三昧の別荘生活の筈でした。
問題点として東京育ちのB氏は車の運転が下手だった事、更に自力で獲れない腕の悪いハンターだった事でした。彼に取って雪の林道運転は非常にきつい仕事であり、周りを見る余裕はなく、鹿の捜索は不可能でした。
また射撃面でも発砲準備に時間を要しますから、通常新米コンビは運転係と射撃係の2人体制です。更に回収や解体は1人ではとても出来ません。単独猟の大変さは彼にとって遥か想定外でした。
そんな事からB氏はせっかくのエゾ鹿の好猟場の真只中に居ながら、1人では出猟出来ない状態が続きました。そこでB氏が取った作戦は東京の友人達をエゾ鹿猟を案内するからと誘う事でした。しかしドシロートが何人集まっても問題解決にはなりません。
鹿に会える方法を知りませんし、鹿の捜索も出来ませんから、どちらが運転しても獲れる筈もありません。友人達も獲れる可能性を感じず、翌年からは来なくなりました。雪道の運転がB氏以上に苦手な奥様を無理に引っ張り出しても、問題が解決する筈もありません。
奥様はそんな生活や冬の雪には嫌気がさし、1年目の冬には早々と実家に帰ってしまいました。
B氏はその後2年ほどはヤセ我慢で頑張りましたが、夢の狩猟と釣り三昧の別荘生活はどうしても無理な事が分かり、撤退しました。
最後は前項三重のD氏と同様に未達成のエゾ鹿3段角の捕獲達成がしたくて、近くのケンさんのスクールで念願の岩魚を釣り、更に憧れだった3段角を4頭獲り、銃とエゾ鹿猟と北海道移住を卒業しました。ログハウスが幾らで売れたのかは分かりませんが、アフリカ猟数回分に匹敵する相当大きな損失があった筈です。
4:今日から紋別市民のZ氏。
地元の紋別市民のガイドをしました。聞けば先週東京から引っ越して来たばかりと言います。住居は自治体の移住お試し住宅、春までにエゾ鹿猟をマスターし、鹿肉をストックし、某大学助教授の奥様も翌年4月から合流するとの事でした。
お試し住宅を拠点にログハウスを自分達で建て、自然エネルギーだけで運営する「ジビエ料理のペンション」を開業すると聞きました。経営が成立するのか、相当な高人気が出ない限り難しいと思います。近くのイタリアンレストランとカレー屋を目指した移住者達は数年で撤退しました。
狩猟実習では3日猟で6回発砲し、2頭が獲れましたからまずまずでした。射撃もそれほど悪くはなさそうで、他にも空気銃と散弾銃も持っていると言うので、カモがいそうな所も数か所紹介しました。
車はジムニー1300の新車が用意され、資格マニアの50歳は銃と狩猟免許以外にも調理師を始めとし、軽く100種類以上の資格を持っており、建築士を始めとする計画の進行には、全て自力資格だけで全く問題ないとの事でした。
魚はプロ並に捌けると言うのでエゾ鹿解体のナイフはもう少し使えるかと思ったのですが、研ぎ師の免許は持っておらず、研ぎ方を知らないと言う事でした。
車の運転はと言うと、スキー関係の資格も幾つか持っていながら雪道は全くダメ、狭い山道や林道は特にダメと言う事でした。エゾ鹿猟では雪道や林道運転が不可欠なのですが、どうされるのでしょう。
早速、発電機作りも取り掛かりたいと言うので聞いて驚きました。実はケンさんの専門はモーターや発電機で あり、それでトヨタバッテリーフォークリフトの設計に配属されました。
資格マニア氏はコイルをクルクル巻いて 近くの川の水で小さな水車を廻せば、電気は無尽蔵に得られると思っておられました。ペンション1件分丸ごとの水力発電設備なら連続50hpの水車パワーが必要です。ペーパー知識だけで実用化応用は全くお粗末でした。
3日猟で2頭を50mで捕獲しました。今時珍しい程のおめでたい鹿でした。それでエゾシカ猟が分かったつもりなのでしょうか。エゾ鹿の解体は全くダメ、2頭共が泥だらけ&毛だらけに加え、モモに隣接する腸を切ってしまい汚物まみれでした。
故に2頭から得られた肉はケンさんが解体見本として取ったモモと背ロース1本だけ、雪道の運転、単独猟、鹿の解体、発電機自作、それだけでエネルギー自給のジビエ料理ペンション計画の破綻は見え見えでした。
何だかんたで3日間のエゾ鹿猟体験コースは終了しました。如何にエゾ鹿が多かろうと、3日の経験だけで単独猟が出来る筈もありません。また2頭の解体失敗だけで解体が出来る様にはなりません。
翌週見に行きますと、どうも初冠雪の数日後の雪が消えた時に逃げ帰った様子で、来春の雪が消えるまで東京で準備かと思いましたが、翌夏になっても再開されずでした。エネルギー自給自足のジビエ料理のログペンション、2週間余で挫折した、誠にお粗末な資格マニアの移住計画でした。
5.神奈川のK生徒。
初めてK生徒を知った時、来年には移住すると言いました。将来はプロハンターになりたいとも言いました。銃を始めて2年目、実戦経験は獲れない巻き狩りを数日、もちろん捕獲はゼロの時でした。これも多分よく考えた上の結論だったのでしょう。
射撃に関してだけは多少非凡な所がありましたが、応用力が全くない青年でした。
ペーパー知識は豊富で、驚いたのはその吸収速度、10秒足らずで1ページを読破出来ました。
ハンティングでは同じ場面は全くありませんから、組合せや類似展開の応用能力が決め手となります。そう言う意味では向いてないと言えなくはありません。
プロハンター希望生徒ですから、少し厳しく指導しました処、人間性を否定されたと言って2年で来なくなりました。そして2年後、他の猟やガイド猟を体験したらしく、もう迷いませんのでまたお願いしますと言うので受け入れました。
教え方は従来通り厳しく指導しました。それで1時期の数年間は非常に能力を伸ばし、我がスクールの優等生かに見えましたが、ある時から全く伸びなくなりました。
そして極め付けは2017年U生徒によって88㎝の怪物級が捕獲されましたが、実はその88㎝怪物級は3日前、K生徒の眼前に出現したのです。しかしK生徒は狙い込みましたので、発砲のチャンスを2度も逃しました。1度目は50m、2度目は80mでした。3度目は150mですが回収困難領域でしたので射撃を中止させました。
その原因をあれこれ考え、対策法をアドバイスしました。結局後でわかった事ですが、銃やスコープの選択も間違っている様なのでアドバイスをした処、こう言う答えが返って来ました。
「よく考えた末の結論でこの選択がベストであり、自信がある」のだそうです。その他指導方法に付きましても色々ケチを付けて、そしてその捨てセリフと共にスクールを去って行きました。最高レベルの師と決別するのは世間知らずの馬鹿な行為です。
スクール参加は9年で実戦累計23日に及び、捕獲は21頭、ケンさんと比べ出撃日数も捕獲数も僅か2%程度でした。そんな程度で結論が出せる程分かる筈がないと思うのですが、それはケンさんだけの思いでしょうか。
教えを乞う場合、師の考えに合わせなければ吸収出来ません。教わると言う事は取り敢えず、師のコピーをする事であり、それが出来てから自分なりの工夫を加えるべきだと思っています。
ケンさんも根室のプロガイドH師の教えを90日受け、エゾ鹿猟を勉強させて戴き、概ね吸収出来たと思いますが、数年後にスクールで行った手法は独自に考えた全く違う手法でした。
K生徒は奥様と2人で1億円貯めたら移住を決行すると言っていましたから、無能でない事は分りますが、共稼ぎで収入は奥様の収入の方が数倍上であり、それ故にそう言う目標が立てられたと思います。
そしてとうとう目標額に達したらしく、当初より10年ほど遅れましたが、移住先は長野になったそうです。
奥様も山とスキーが好きとの事で長野にしたそうですが、その後どうなったのかは不明です。50代前半ですから職業は何を選択されたのかも知りませんが、果たして上手く行ったのでしょうか?
ケンさんが思うには、地元の先輩の教わる時の基本的な考え方が間違っていますから、多分トラブルを起こして数年程度で撤退すると見ています。また長野は北海道の様に流し猟が可能ですが、ガイド猟20日の経験だけでは単独猟は無理だと思われます。
6.移住断念原因。
トップは雪道や林道の運転であり、2番目が未熟な単独猟では獲れない事、3番目に獲れれば地元ハンターからのあからさまな妨害でした。
地元ハンターの能力は例外的な1部を除くと予想外に低く、一方本州からのハンターも平均的なハンターならばその能力は拮抗していますが、もう少し上位のグループが移住を考えますので、駆除で小使い稼ぎをしている地元ハンターにとっては自分達の小使いが減ると感じてしまい、平凡的な能力の本州からのハンターであっても、かなりの脅威となるのです。
ケンさんは毎日2~3頭のエゾ鹿を捕獲、狩猟三昧の日々を過ごす事が出来まして、総捕獲数は24年間で1051頭になり、ヒグマも16年間に6頭を捕獲しました。近年はかなりヒグマとの出会いも増えています。
それだけではありません。北海道は川も海もフィッシング天国でもあります。 渓流では野性のヤマメは難しくなりましたが、岩魚やレインボウが手軽に釣れ、ウグイなら誰も釣らず釣り放題、ウグイも小型ならかなり美味しく食べられます。
海では乗合船に乗れば大型魚である鮭やマダラが簡単に大型クーラー満タン釣りが可能です。4㎏の鮭が定数10匹、クーラーと氷を含めると50㎏以上となり、これをどの様にして船から降ろして車に積み込むか、これが最大の問題点となります。
山では春の行者ニンニクや山草、初夏の根曲り竹や熊笹ワラビ、秋には野性のマツタケやキノコ類が豊富です。これも人口密度が低い事、冬場の4~5ヶ月が保護期間となっている事等々の要因があります。半面その期間は雪との長い戦いの場でもあります。
仕事の関係では良いサラリーマンの働き口は非常に限られますが、エゾ鹿猟は狩猟シーズン以外にも駆除 法人に所属すれば1年中の狩猟で生計を立てる事も出来なくはありません。
腕の良いハンターは年収1千万円越えも夢ではありません。漁業で生計を立てる事も比較的やり易い環境にあると言えます。ホタテ漁や温室農業で大成功している人も多数見掛けます。
次項は定年後の趣味を充実させようと移住したハンターの紹介です。
1:愛知のK氏の場合。
家族と共に移住、地元猟友会にも所属し、駆除にも参加しました。
地元の数人が親切に色々教えてくれました。愛知の猟友宛には夢の様な狩猟天国だとの便りがありました。しかし雪道の運転が出来ない奥様は冬が耐え切れず、最初の冬に実家に帰りました。
地元ハンターとの関係は、只で助手として使える内までは双方の利害が一致し、上手く行っておりましたが、自力で狩猟をする様になると掌を返した様に態度が変わりました。同じエリア内で狩猟をやらなければまだ良かったのですが、それ程の才覚もありません。
同じエリアで駆除ハンターが増えれば、駆除手当の減少が懸念され、どうも陥れられたらしく、移住は2年で急に打ち切られ、地元に戻るや否や銃を返納、閉じ籠もってしまいましたから、何かあったに違いありません。数年後に他界してしまい、詳細は全く不明のままとなりました。
2:三重D氏の場合。
猪巻き狩りハンターのD氏は、エゾ鹿肉を北海道のあるハンターから買いました。その内に北海道ハンター氏はD氏が猪ハンターである事を知り、エゾ鹿猟を案内するからと誘いました。
D氏は最も獲れない猪猟に比べ、桁違いのエゾ鹿猟の素晴らしさに嵌まり、ガイド氏はそれ程気に入ったので あれば移住したらと冗談で誘いました。数年後、D氏は本当に移住しました。最初の内は無料の助手として使え、2人の関係は上手く行っておりました。しかし自力で狩猟をする様になった2年目から態度が急変しました。
K氏の場合と同様に、教わったエリアを使わずに他のエリアで行えば良かったのですが、同じエリア内でハンターが増えれば北海道ハンター氏の駆除手当が減少は見え見えです。
こうして移住は2年で破綻、その後は移住断念のテレ隠しなのか、シーズン10日前後の通いハンターで数年間を続けましたが、傑作なのは毎年ハンティングカーを換えた事でした。
1台目は北海道ハンター氏と同じ、ハイラックスのダブルキャブ、これは大き過ぎると思ったのか、2年目は何と軽トラ4WD、しかし走破能力が低過ぎ、運転が疲れるのと荷台への積み込みが困難と言う事で、3台目となりました。
3年目はハイラックスのワゴン車の後部荷室にスタック脱出用と兼ねた電動ウインチを装備しました。そのウインチが役に立ったかどうかは知りませんが、すぐに運用を辞めたのを見ますと役に立たなかったと思います。
またスタックした時に運用すれば、床面取り付けではボデーが相当大きくひずみ、修理不能な車になってしまいます。
結局は地元の妨害下では猟果も上がらず、単独ではエゾ鹿のハンドリングにも困り、最後は釧路ガイド猟の中型3段角2頭捕獲を以ってエゾ鹿猟を卒業、獲れない猪の巻き狩りハンターに戻りました。無駄使い額の合計は推定ですが、アフリカ猟に行ける程の金額になったと思います。
3:東京B氏の場合。
B氏は憧れのログハウスを湖畔に新築し、家族と共に移住しました。
夏は涼しい湖畔や渓流で釣り、春は山菜、秋はキノコやサーモン釣り、冬はカモ猟&蝦夷雷鳥猟とエゾ鹿猟、更に氷に穴を開けて釣るアイスフィッシング、空気は綺麗、騒音は無く、夢の狩猟三昧の別荘生活の筈でした。
問題点として東京育ちのB氏は車の運転が下手だった事、更に自力で獲れない腕の悪いハンターだった事でした。彼に取って雪の林道運転は非常にきつい仕事であり、周りを見る余裕はなく、鹿の捜索は不可能でした。
また射撃面でも発砲準備に時間を要しますから、通常新米コンビは運転係と射撃係の2人体制です。更に回収や解体は1人ではとても出来ません。単独猟の大変さは彼にとって遥か想定外でした。
そんな事からB氏はせっかくのエゾ鹿の好猟場の真只中に居ながら、1人では出猟出来ない状態が続きました。そこでB氏が取った作戦は東京の友人達をエゾ鹿猟を案内するからと誘う事でした。しかしドシロートが何人集まっても問題解決にはなりません。
鹿に会える方法を知りませんし、鹿の捜索も出来ませんから、どちらが運転しても獲れる筈もありません。友人達も獲れる可能性を感じず、翌年からは来なくなりました。雪道の運転がB氏以上に苦手な奥様を無理に引っ張り出しても、問題が解決する筈もありません。
奥様はそんな生活や冬の雪には嫌気がさし、1年目の冬には早々と実家に帰ってしまいました。
B氏はその後2年ほどはヤセ我慢で頑張りましたが、夢の狩猟と釣り三昧の別荘生活はどうしても無理な事が分かり、撤退しました。
最後は前項三重のD氏と同様に未達成のエゾ鹿3段角の捕獲達成がしたくて、近くのケンさんのスクールで念願の岩魚を釣り、更に憧れだった3段角を4頭獲り、銃とエゾ鹿猟と北海道移住を卒業しました。ログハウスが幾らで売れたのかは分かりませんが、アフリカ猟数回分に匹敵する相当大きな損失があった筈です。
4:今日から紋別市民のZ氏。
地元の紋別市民のガイドをしました。聞けば先週東京から引っ越して来たばかりと言います。住居は自治体の移住お試し住宅、春までにエゾ鹿猟をマスターし、鹿肉をストックし、某大学助教授の奥様も翌年4月から合流するとの事でした。
お試し住宅を拠点にログハウスを自分達で建て、自然エネルギーだけで運営する「ジビエ料理のペンション」を開業すると聞きました。経営が成立するのか、相当な高人気が出ない限り難しいと思います。近くのイタリアンレストランとカレー屋を目指した移住者達は数年で撤退しました。
狩猟実習では3日猟で6回発砲し、2頭が獲れましたからまずまずでした。射撃もそれほど悪くはなさそうで、他にも空気銃と散弾銃も持っていると言うので、カモがいそうな所も数か所紹介しました。
車はジムニー1300の新車が用意され、資格マニアの50歳は銃と狩猟免許以外にも調理師を始めとし、軽く100種類以上の資格を持っており、建築士を始めとする計画の進行には、全て自力資格だけで全く問題ないとの事でした。
魚はプロ並に捌けると言うのでエゾ鹿解体のナイフはもう少し使えるかと思ったのですが、研ぎ師の免許は持っておらず、研ぎ方を知らないと言う事でした。
車の運転はと言うと、スキー関係の資格も幾つか持っていながら雪道は全くダメ、狭い山道や林道は特にダメと言う事でした。エゾ鹿猟では雪道や林道運転が不可欠なのですが、どうされるのでしょう。
早速、発電機作りも取り掛かりたいと言うので聞いて驚きました。実はケンさんの専門はモーターや発電機で あり、それでトヨタバッテリーフォークリフトの設計に配属されました。
資格マニア氏はコイルをクルクル巻いて 近くの川の水で小さな水車を廻せば、電気は無尽蔵に得られると思っておられました。ペンション1件分丸ごとの水力発電設備なら連続50hpの水車パワーが必要です。ペーパー知識だけで実用化応用は全くお粗末でした。
3日猟で2頭を50mで捕獲しました。今時珍しい程のおめでたい鹿でした。それでエゾシカ猟が分かったつもりなのでしょうか。エゾ鹿の解体は全くダメ、2頭共が泥だらけ&毛だらけに加え、モモに隣接する腸を切ってしまい汚物まみれでした。
故に2頭から得られた肉はケンさんが解体見本として取ったモモと背ロース1本だけ、雪道の運転、単独猟、鹿の解体、発電機自作、それだけでエネルギー自給のジビエ料理ペンション計画の破綻は見え見えでした。
何だかんたで3日間のエゾ鹿猟体験コースは終了しました。如何にエゾ鹿が多かろうと、3日の経験だけで単独猟が出来る筈もありません。また2頭の解体失敗だけで解体が出来る様にはなりません。
翌週見に行きますと、どうも初冠雪の数日後の雪が消えた時に逃げ帰った様子で、来春の雪が消えるまで東京で準備かと思いましたが、翌夏になっても再開されずでした。エネルギー自給自足のジビエ料理のログペンション、2週間余で挫折した、誠にお粗末な資格マニアの移住計画でした。
5.神奈川のK生徒。
初めてK生徒を知った時、来年には移住すると言いました。将来はプロハンターになりたいとも言いました。銃を始めて2年目、実戦経験は獲れない巻き狩りを数日、もちろん捕獲はゼロの時でした。これも多分よく考えた上の結論だったのでしょう。
射撃に関してだけは多少非凡な所がありましたが、応用力が全くない青年でした。
ペーパー知識は豊富で、驚いたのはその吸収速度、10秒足らずで1ページを読破出来ました。
ハンティングでは同じ場面は全くありませんから、組合せや類似展開の応用能力が決め手となります。そう言う意味では向いてないと言えなくはありません。
プロハンター希望生徒ですから、少し厳しく指導しました処、人間性を否定されたと言って2年で来なくなりました。そして2年後、他の猟やガイド猟を体験したらしく、もう迷いませんのでまたお願いしますと言うので受け入れました。
教え方は従来通り厳しく指導しました。それで1時期の数年間は非常に能力を伸ばし、我がスクールの優等生かに見えましたが、ある時から全く伸びなくなりました。
そして極め付けは2017年U生徒によって88㎝の怪物級が捕獲されましたが、実はその88㎝怪物級は3日前、K生徒の眼前に出現したのです。しかしK生徒は狙い込みましたので、発砲のチャンスを2度も逃しました。1度目は50m、2度目は80mでした。3度目は150mですが回収困難領域でしたので射撃を中止させました。
その原因をあれこれ考え、対策法をアドバイスしました。結局後でわかった事ですが、銃やスコープの選択も間違っている様なのでアドバイスをした処、こう言う答えが返って来ました。
「よく考えた末の結論でこの選択がベストであり、自信がある」のだそうです。その他指導方法に付きましても色々ケチを付けて、そしてその捨てセリフと共にスクールを去って行きました。最高レベルの師と決別するのは世間知らずの馬鹿な行為です。
スクール参加は9年で実戦累計23日に及び、捕獲は21頭、ケンさんと比べ出撃日数も捕獲数も僅か2%程度でした。そんな程度で結論が出せる程分かる筈がないと思うのですが、それはケンさんだけの思いでしょうか。
教えを乞う場合、師の考えに合わせなければ吸収出来ません。教わると言う事は取り敢えず、師のコピーをする事であり、それが出来てから自分なりの工夫を加えるべきだと思っています。
ケンさんも根室のプロガイドH師の教えを90日受け、エゾ鹿猟を勉強させて戴き、概ね吸収出来たと思いますが、数年後にスクールで行った手法は独自に考えた全く違う手法でした。
K生徒は奥様と2人で1億円貯めたら移住を決行すると言っていましたから、無能でない事は分りますが、共稼ぎで収入は奥様の収入の方が数倍上であり、それ故にそう言う目標が立てられたと思います。
そしてとうとう目標額に達したらしく、当初より10年ほど遅れましたが、移住先は長野になったそうです。
奥様も山とスキーが好きとの事で長野にしたそうですが、その後どうなったのかは不明です。50代前半ですから職業は何を選択されたのかも知りませんが、果たして上手く行ったのでしょうか?
ケンさんが思うには、地元の先輩の教わる時の基本的な考え方が間違っていますから、多分トラブルを起こして数年程度で撤退すると見ています。また長野は北海道の様に流し猟が可能ですが、ガイド猟20日の経験だけでは単独猟は無理だと思われます。
6.移住断念原因。
トップは雪道や林道の運転であり、2番目が未熟な単独猟では獲れない事、3番目に獲れれば地元ハンターからのあからさまな妨害でした。
地元ハンターの能力は例外的な1部を除くと予想外に低く、一方本州からのハンターも平均的なハンターならばその能力は拮抗していますが、もう少し上位のグループが移住を考えますので、駆除で小使い稼ぎをしている地元ハンターにとっては自分達の小使いが減ると感じてしまい、平凡的な能力の本州からのハンターであっても、かなりの脅威となるのです。
エゾ鹿ボウハンティングの可能性。その3:ボウハンティングは高効率。
エゾ鹿のボウハンティング。その2:アメリカの現状と射程距離の変化。
エゾ鹿ボウハンティングの可能性。その1:ハーフライフル。
皆さんに伝えたい事。その14と15:ライフルと散弾の特殊効果。
皆さんに伝えたい事。その12と13:エゾ鹿の習性、ナンバーランキングのオス。
皆さんに伝えたい事。その11,難しいエゾ鹿猟。
エゾ鹿のボウハンティング。その2:アメリカの現状と射程距離の変化。
エゾ鹿ボウハンティングの可能性。その1:ハーフライフル。
皆さんに伝えたい事。その14と15:ライフルと散弾の特殊効果。
皆さんに伝えたい事。その12と13:エゾ鹿の習性、ナンバーランキングのオス。
皆さんに伝えたい事。その11,難しいエゾ鹿猟。
Posted by little-ken
at 11:46
│ハンティング