2023年02月06日
初失中&初捕獲。
14.初失中&初捕獲。
狩猟の目的は、より大きな獲物を多数捕獲する事にあり、その意味では大物猟こそ、究極の狩猟と言え、それは間違いではありません。しかし鳥猟は全般的に数が多く、体験を多く積む事が出来ます。射撃その物はライフル銃の「遠射」や大物戦の「迫力負け」や猛獣戦の「恐怖負け」を除けば、鳥猟の方が遥かに高難度な射撃技術を要します。


大物ハンターは鳥猟をバカにする傾向ありますが、それは間違いであり、馬鹿にされるべきは下記の理由から大物ハンターです。
エゾ鹿猟に於いて、11月上旬まではエゾライチョウや、また美味しいマガモに出会う事があります。そんな事から序でに鳥類も捕獲しようと、試みる生徒もかなりいました。ところが予想外に高難度であり、エゾ鹿を毎年6頭も捕獲している経験5年以上のベテランレピーター生徒も、唯の1羽も捕獲には成功出来ず、成功したのはケンさんだけでした。
カモ撃ち名人と言われたケンさんでも、シカは永らく撃てませんでしたから、その面からすれば、シカがカモより格上は一応良いとして、シカ撃ちベテランが、カモ撃ちも上手いのであれば、大物上位の図式は完全に成立します。実際にケンさんは鹿撃ちグループ5人をカモのデコイ猟に招待した事があります。 彼らの射撃技術は近距離&低速オンリー、実戦の海ガモデコイ猟は中距離高速であり、全員が100発撃っても半矢すら出ずでした。「馬鹿にされるべき」は日頃鳥撃ちをバカにしていた大物ハンターです。
1970年から始まったケンさんの狩猟ですが、初期数年間は未熟の塊でした。
1971年に自宅近くが休猟区明けとなり、雨の日には畑にキジが出ていると「狩猟界」にありましたので、解禁の翌週、雨の日のキジ猟に行きました。大きな大豆畑に行きますとキジが本当にたくさんいました。1枚の畑から何と25羽も出ました。50発を撃ちましたが、捕獲は2羽でした。


全体の3/4は大豆畑の端まで走り、そこから低く飛んで逃げました。残りは足元から飛び出しました。当時は上下2連銃でしたが、どちらの場合も2連射を掛け、持参の50発の弾を全て撃ち尽くしました。結果は走行中1羽、飛行中1羽の2羽のみの捕獲に留まり、信じられない程の未熟でした。

同じ年、カモ撃ちにも行きました。足元からそれはそれは見事なマガモが飛び出しましたが、発射した2発は空しく失中、朝日に輝くマガモは悠々と飛び去りました。その後も夢よもう1度と通いましたが、稀に獲れるのは美しいとは言い難い海ガモばかりでした。目を閉じれば、1ヶ月はあの時のマガモの失中シーンが再現されました。


同じ様なシーンはかなり後年、ヤマドリでも同様なシーンがありました。鹿の巻狩りから引き上げる時、踏み出しました。これから待ち場の配置に付くのであれば、撃てません。真っ赤に光り輝くヤマドリは、バックショット3連射を 交わし、悠々と飛び去りました。この時に7.5号弾ならば、ほぼ間違いなく撃墜出来たと思います。
1度キジをたくさん捕獲してみようと、狩猟も末期となった2012年にNZの高麗キジ猟区に行き、キジの10羽捕獲に挑戦しました。キジその物はベラボーにいるのですが、オスは積極的に撃たれるのでかなりズル賢く、撃ち易い方向に飛んではくれません。高麗キジは大型で飛翔力が強く、飛翔の羽音も小さく、かなり強敵でした。

オスは日本キジより遥かに綺麗、輝きながら飛ぶ姿はヤマドリ同様に美しいと言えました。 早立ちで離れた所でUターンしながら高度を上げ、遥か射程外の上空を飛んでハンターの後遠方に避難するので手が出せず、或いはハンターが通り過ぎた直後に太陽の方向に飛びますので、甚だ強敵でした。結果は10匹に届かず9匹、オスが6匹とオスの様に後方に足元から飛び出したメス3羽が撃墜されました。


これはニュージーランドで体験した、ピーコック猟やターキー猟も同じでした。羊の牧場に半野性で生息する彼らは家畜扱いで、1年中狩猟OK、定数や狩猟期間は土地所有者が決めるルールです。しかし獲物は超スレており、遥か射程外100~200mで早立ち、最早獲れないかもと覚悟をした程でしたが、幸いに若い2羽がキジの様に草叢に潜み、散弾銃でフラッシュした所を捕獲出来ました。
1974年と思いますが、自宅近くの小川にカルガモ3羽が着水するのを目撃、着水したと思われる場所をヨシの間からそっと覗きました。まだ30m程遠方でした。銃はSKBの上下2連銃です。近過ぎるとパターンが開かず、遠過ぎれば有効度が落ちます。


20mから撃つ事にしました。その場所まで行き立ち上がると、ヨシが邪魔で撃てません。そこで近くの小石を拾い、投げ込みました。
カモは驚いて飛び上がり、1発目で手前の2羽が撃墜され、残る1羽に残る1発を発射、撃墜は出来ましたが、半矢で未回収となりました。
初捕獲に喜び勇んで2羽を家に持ち帰り、記念撮影をしました。
そんな若い時代もありましたが、その後にSKB1900のガスオートを購入、45年間に15万発を撃ち、カモ類5000羽以上、ハト類5000羽以上を捕獲出来ました。そして時が変わり、2008年のカルガモ駆除では、全体で51羽中、ケンさんは32羽を捕獲、1.6発/羽を記録しました。

一般のベテランハンターはリードがその都度大きく変わる引き止まり射撃、チョークは散布範囲が広いインプシリンダー、そして装弾は強力な4号、一方ケンさんの射撃はリードが自動設定されるスイング射撃でフルチョーク、装弾は小粒7.5号に依る3粒被弾撃墜のショットガン効果を利用、この総合差は著しく愛銃SKB1900改は、しばしば全体の過半を捕獲しました。
時は大きく過ぎ、2016年ニュージーランド北島北部、ケンさんの狩猟人生の末期、パラダイスダック猟の定数50羽に挑戦しました。結果は50羽に少々届かない47羽を85発で捕獲、1.8発/羽を記録出来ました。

パラダイスダックはカルガモの1.5~2倍の体重があり、飛翔能力も抜群なツクシガモの仲間です。定数50羽と言うのは日本では信じられません。
ニュージーランドでは鳥猟の定数は日本の約2~5倍ですが、日本の魚釣りでは定数無しですが、NZでは種類によって2~7匹、保護下のNZの魚釣りは巨大魚が多数釣れる事で狩猟以上に有名です。
取り締りには殆ど出会いませんが、もし捕まると法外な罰金を科せられます。日本と違い交通違反や 事故等で免許停止になっても、車は生活の必需品、週1回の特定曜日の運転が認められる国です。


写真は安価なビッグゲームの野山羊猟、有名な巨大ヒラマサ釣り、そして高額エルク猟です。
他にもNZでは日本で体験不可能な、戦闘機の操縦が出来ます。ケンさんはこの為に飛行ライセンスを事前に取得、アクロ飛行を実施して来ました。
NZでは1000㌦あれば夢が1つ叶えられます。


しかしエルク猟は6000㌦、アフリカ猟のクドゥ4000㌦や、オリックス1000㌦の方が安価です。
15.本州鹿;ケンさんは13項の様に1983年から本州鹿の巻狩りに入りました。
当時の鹿猟期間は12月1日~1月31日までの僅か2カ月間、現在の5カ月とはかなり条件が違いました。13項に記載がありませんが、5年目の35日目頃、逆光で真っ黒に見えましたが、本州鹿オスの3段角を50m強で初めて見ました。先輩は発見と同時にダメ元射撃、しかしケンさんは鹿に見とれてしまい、銃を構える事も出来ずに只々見送ってしまいました。

そして7年目の50余日目、待ち場の配置に付く過程で小物鹿を踏み出しました。
20mでスナップショットのスラグ弾3連射をしましたが、スイングショットにならない、引き止まり射撃で撃った為に失中、更に追加2発も失中に終わりました。鹿は同行していた先輩のバックショット1発で捕獲されました。そして解体時ケンさんのスラグ弾もケツを僅かにかすめていた事が判明しました。
この頃のスラグ弾射撃は静止50mなら急所に命中させられる精度がありましたが、走る鹿に対する練習不足が失中原因でした。鳥猟の初期もそうでしたが、未熟の塊まりでした。それでケンさんは スラグ弾運用を辞め、バックショット&スイングショット運用に切り替えました。そして13項の様に9年70余回目の参加で「フテ寝」から小物鹿を3発連射で即倒させ、念願の1頭目捕獲となりました。
普通は3年目には諦めの心境から気配が低下、それで鹿との勝負が可能になります。
所が、やる気十分なケンさんは「殺気と気配」をバラ撒き続け、9年間も鹿を追い払っていたのでした。そしてこの時の初捕獲の経験から「禅の心作戦」を考案、これを運用する様になってから、それ程までに獲れなかった鹿も、3週連続で捕獲出来ましたが、即倒率が低く、22㌅バレルのレミントン11-87の12番バックショット専用銃に変更しました。

11-87(上)はその後4年間に20チャンスが得られ、半矢失中なしに20頭を捕獲出来、従来捕獲率の平均0.05頭/日人からすれば、0.2頭/日と4倍向上しました。この頃は4号バック27粒弾が入手不可、依って3粒被弾撃墜のショットガン効果を使わない手法を選択、使用チョークはフルより強い絞りのターキーチョーク、使用弾は6粒弾で急所ヒットを狙いました。6粒は50mで60㎝角の的紙に概ね全粒着弾、20mでは全粒20㎝程度に着弾、その時の1粒以上が急所に直撃ヒットする作戦でした。
もちろん今なら射程20mですから、3粒被弾撃墜のショットガン効果利用の27粒弾をインプシリンダーから或いはスキートチョークから発射します。近距離からのバックショットが狭い領域にまとめ着弾しますと、強力な1粒の被弾とカウントされ、3粒被弾で撃墜のショットガン効果が発揮出来なくなり、その為に散弾は適度に胴体に散る必要があり、距離に合ったチョーク選択が必要なのです。

その後愛銃は更に右写真のSKB1900の様に改良され、銃身は24㌅まで5㎝延長され、通常のクレー射撃や鳥撃ちにも真価を発揮出来る様になりました。ケンさんの狩猟人生の成果が全て圧縮されたのが、「SKB1900改」と言えました。クレー射撃54枚連続ヒット他、数々の記録を立ててくれました。同様にライフル銃の成果が全て圧縮されたのが下の「サコー75バーミンター改」ボルトアクションでした。
狩猟の目的は、より大きな獲物を多数捕獲する事にあり、その意味では大物猟こそ、究極の狩猟と言え、それは間違いではありません。しかし鳥猟は全般的に数が多く、体験を多く積む事が出来ます。射撃その物はライフル銃の「遠射」や大物戦の「迫力負け」や猛獣戦の「恐怖負け」を除けば、鳥猟の方が遥かに高難度な射撃技術を要します。

大物ハンターは鳥猟をバカにする傾向ありますが、それは間違いであり、馬鹿にされるべきは下記の理由から大物ハンターです。
エゾ鹿猟に於いて、11月上旬まではエゾライチョウや、また美味しいマガモに出会う事があります。そんな事から序でに鳥類も捕獲しようと、試みる生徒もかなりいました。ところが予想外に高難度であり、エゾ鹿を毎年6頭も捕獲している経験5年以上のベテランレピーター生徒も、唯の1羽も捕獲には成功出来ず、成功したのはケンさんだけでした。
カモ撃ち名人と言われたケンさんでも、シカは永らく撃てませんでしたから、その面からすれば、シカがカモより格上は一応良いとして、シカ撃ちベテランが、カモ撃ちも上手いのであれば、大物上位の図式は完全に成立します。実際にケンさんは鹿撃ちグループ5人をカモのデコイ猟に招待した事があります。 彼らの射撃技術は近距離&低速オンリー、実戦の海ガモデコイ猟は中距離高速であり、全員が100発撃っても半矢すら出ずでした。「馬鹿にされるべき」は日頃鳥撃ちをバカにしていた大物ハンターです。
1970年から始まったケンさんの狩猟ですが、初期数年間は未熟の塊でした。
1971年に自宅近くが休猟区明けとなり、雨の日には畑にキジが出ていると「狩猟界」にありましたので、解禁の翌週、雨の日のキジ猟に行きました。大きな大豆畑に行きますとキジが本当にたくさんいました。1枚の畑から何と25羽も出ました。50発を撃ちましたが、捕獲は2羽でした。


全体の3/4は大豆畑の端まで走り、そこから低く飛んで逃げました。残りは足元から飛び出しました。当時は上下2連銃でしたが、どちらの場合も2連射を掛け、持参の50発の弾を全て撃ち尽くしました。結果は走行中1羽、飛行中1羽の2羽のみの捕獲に留まり、信じられない程の未熟でした。

同じ年、カモ撃ちにも行きました。足元からそれはそれは見事なマガモが飛び出しましたが、発射した2発は空しく失中、朝日に輝くマガモは悠々と飛び去りました。その後も夢よもう1度と通いましたが、稀に獲れるのは美しいとは言い難い海ガモばかりでした。目を閉じれば、1ヶ月はあの時のマガモの失中シーンが再現されました。


同じ様なシーンはかなり後年、ヤマドリでも同様なシーンがありました。鹿の巻狩りから引き上げる時、踏み出しました。これから待ち場の配置に付くのであれば、撃てません。真っ赤に光り輝くヤマドリは、バックショット3連射を 交わし、悠々と飛び去りました。この時に7.5号弾ならば、ほぼ間違いなく撃墜出来たと思います。
1度キジをたくさん捕獲してみようと、狩猟も末期となった2012年にNZの高麗キジ猟区に行き、キジの10羽捕獲に挑戦しました。キジその物はベラボーにいるのですが、オスは積極的に撃たれるのでかなりズル賢く、撃ち易い方向に飛んではくれません。高麗キジは大型で飛翔力が強く、飛翔の羽音も小さく、かなり強敵でした。

オスは日本キジより遥かに綺麗、輝きながら飛ぶ姿はヤマドリ同様に美しいと言えました。 早立ちで離れた所でUターンしながら高度を上げ、遥か射程外の上空を飛んでハンターの後遠方に避難するので手が出せず、或いはハンターが通り過ぎた直後に太陽の方向に飛びますので、甚だ強敵でした。結果は10匹に届かず9匹、オスが6匹とオスの様に後方に足元から飛び出したメス3羽が撃墜されました。


これはニュージーランドで体験した、ピーコック猟やターキー猟も同じでした。羊の牧場に半野性で生息する彼らは家畜扱いで、1年中狩猟OK、定数や狩猟期間は土地所有者が決めるルールです。しかし獲物は超スレており、遥か射程外100~200mで早立ち、最早獲れないかもと覚悟をした程でしたが、幸いに若い2羽がキジの様に草叢に潜み、散弾銃でフラッシュした所を捕獲出来ました。
1974年と思いますが、自宅近くの小川にカルガモ3羽が着水するのを目撃、着水したと思われる場所をヨシの間からそっと覗きました。まだ30m程遠方でした。銃はSKBの上下2連銃です。近過ぎるとパターンが開かず、遠過ぎれば有効度が落ちます。


20mから撃つ事にしました。その場所まで行き立ち上がると、ヨシが邪魔で撃てません。そこで近くの小石を拾い、投げ込みました。
カモは驚いて飛び上がり、1発目で手前の2羽が撃墜され、残る1羽に残る1発を発射、撃墜は出来ましたが、半矢で未回収となりました。
初捕獲に喜び勇んで2羽を家に持ち帰り、記念撮影をしました。
そんな若い時代もありましたが、その後にSKB1900のガスオートを購入、45年間に15万発を撃ち、カモ類5000羽以上、ハト類5000羽以上を捕獲出来ました。そして時が変わり、2008年のカルガモ駆除では、全体で51羽中、ケンさんは32羽を捕獲、1.6発/羽を記録しました。

一般のベテランハンターはリードがその都度大きく変わる引き止まり射撃、チョークは散布範囲が広いインプシリンダー、そして装弾は強力な4号、一方ケンさんの射撃はリードが自動設定されるスイング射撃でフルチョーク、装弾は小粒7.5号に依る3粒被弾撃墜のショットガン効果を利用、この総合差は著しく愛銃SKB1900改は、しばしば全体の過半を捕獲しました。
時は大きく過ぎ、2016年ニュージーランド北島北部、ケンさんの狩猟人生の末期、パラダイスダック猟の定数50羽に挑戦しました。結果は50羽に少々届かない47羽を85発で捕獲、1.8発/羽を記録出来ました。
パラダイスダックはカルガモの1.5~2倍の体重があり、飛翔能力も抜群なツクシガモの仲間です。定数50羽と言うのは日本では信じられません。
ニュージーランドでは鳥猟の定数は日本の約2~5倍ですが、日本の魚釣りでは定数無しですが、NZでは種類によって2~7匹、保護下のNZの魚釣りは巨大魚が多数釣れる事で狩猟以上に有名です。
取り締りには殆ど出会いませんが、もし捕まると法外な罰金を科せられます。日本と違い交通違反や 事故等で免許停止になっても、車は生活の必需品、週1回の特定曜日の運転が認められる国です。




写真は安価なビッグゲームの野山羊猟、有名な巨大ヒラマサ釣り、そして高額エルク猟です。
他にもNZでは日本で体験不可能な、戦闘機の操縦が出来ます。ケンさんはこの為に飛行ライセンスを事前に取得、アクロ飛行を実施して来ました。
NZでは1000㌦あれば夢が1つ叶えられます。


しかしエルク猟は6000㌦、アフリカ猟のクドゥ4000㌦や、オリックス1000㌦の方が安価です。
15.本州鹿;ケンさんは13項の様に1983年から本州鹿の巻狩りに入りました。
当時の鹿猟期間は12月1日~1月31日までの僅か2カ月間、現在の5カ月とはかなり条件が違いました。13項に記載がありませんが、5年目の35日目頃、逆光で真っ黒に見えましたが、本州鹿オスの3段角を50m強で初めて見ました。先輩は発見と同時にダメ元射撃、しかしケンさんは鹿に見とれてしまい、銃を構える事も出来ずに只々見送ってしまいました。
そして7年目の50余日目、待ち場の配置に付く過程で小物鹿を踏み出しました。
20mでスナップショットのスラグ弾3連射をしましたが、スイングショットにならない、引き止まり射撃で撃った為に失中、更に追加2発も失中に終わりました。鹿は同行していた先輩のバックショット1発で捕獲されました。そして解体時ケンさんのスラグ弾もケツを僅かにかすめていた事が判明しました。
この頃のスラグ弾射撃は静止50mなら急所に命中させられる精度がありましたが、走る鹿に対する練習不足が失中原因でした。鳥猟の初期もそうでしたが、未熟の塊まりでした。それでケンさんは スラグ弾運用を辞め、バックショット&スイングショット運用に切り替えました。そして13項の様に9年70余回目の参加で「フテ寝」から小物鹿を3発連射で即倒させ、念願の1頭目捕獲となりました。
普通は3年目には諦めの心境から気配が低下、それで鹿との勝負が可能になります。
所が、やる気十分なケンさんは「殺気と気配」をバラ撒き続け、9年間も鹿を追い払っていたのでした。そしてこの時の初捕獲の経験から「禅の心作戦」を考案、これを運用する様になってから、それ程までに獲れなかった鹿も、3週連続で捕獲出来ましたが、即倒率が低く、22㌅バレルのレミントン11-87の12番バックショット専用銃に変更しました。

11-87(上)はその後4年間に20チャンスが得られ、半矢失中なしに20頭を捕獲出来、従来捕獲率の平均0.05頭/日人からすれば、0.2頭/日と4倍向上しました。この頃は4号バック27粒弾が入手不可、依って3粒被弾撃墜のショットガン効果を使わない手法を選択、使用チョークはフルより強い絞りのターキーチョーク、使用弾は6粒弾で急所ヒットを狙いました。6粒は50mで60㎝角の的紙に概ね全粒着弾、20mでは全粒20㎝程度に着弾、その時の1粒以上が急所に直撃ヒットする作戦でした。
もちろん今なら射程20mですから、3粒被弾撃墜のショットガン効果利用の27粒弾をインプシリンダーから或いはスキートチョークから発射します。近距離からのバックショットが狭い領域にまとめ着弾しますと、強力な1粒の被弾とカウントされ、3粒被弾で撃墜のショットガン効果が発揮出来なくなり、その為に散弾は適度に胴体に散る必要があり、距離に合ったチョーク選択が必要なのです。

その後愛銃は更に右写真のSKB1900の様に改良され、銃身は24㌅まで5㎝延長され、通常のクレー射撃や鳥撃ちにも真価を発揮出来る様になりました。ケンさんの狩猟人生の成果が全て圧縮されたのが、「SKB1900改」と言えました。クレー射撃54枚連続ヒット他、数々の記録を立ててくれました。同様にライフル銃の成果が全て圧縮されたのが下の「サコー75バーミンター改」ボルトアクションでした。
Posted by little-ken
at 15:38
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