2024年03月08日

5発5中チャンレンジ

  どちらの銃が高難度か?
2種の動的射撃はショットガンの方が圧倒的に簡単だと思うのですが、結果からは同程度又は、ややですがライフル銃のランニングの方が少し簡単でした。

ライフル射撃は静的100mを超えるとブレで難度が急速に増しますが、スイング中のライフル銃は「ジャイロ効果200mまで安定」しておりました。

一方散弾は抜群の効果を生む「ショットガン効果」を利用する場合は「必然的小粒弾」となり、小粒弾は途中弾速低下分の追加リードを加える必要を生じ、その分がやや難しかったと言う事の様です。

ライフル銃の方は獲物が大きく、体重100㎏以上の平均150m先を走るエゾ鹿が、「急所ヒットで即倒2回転」する様は、映画の主人公並の「最高の5発5中達成」となりました。

結局は散弾銃射撃もライフル銃射撃も、難易度は概ね同じだったと言う事になると思います。
散弾銃のオートは非常に有効でしたが、「ライフル銃のオートはどうだったのか?」  

実はケンさんはオート派でサコー前の8年間はH&Kオートで走る鹿100頭以上を捕獲、ランニングを克服したつもりでしたが、最大射程50m、1頭捕獲に5発強、2マガジン10発で3頭が最大でした。

それが2006年、銃をサコー75に換えた途端、射程距離は200m、距離4倍になっても命中率は使用弾数が半分と言える2.7発となり「パフォーマンス 8倍」、驚きの成果でした。

2か月後の銃の取扱いに慣れ始めた頃、1頭捕獲する弾数は更に半分と言える1.4発となり、「パフォーマンス 16倍」となりました。超驚き、全くの予想外となりました。

銃の反動を上手く受け様と体が硬くなる、これはライフル銃も散弾銃も同じですが、そのフリンチングの結果、ショットガンでは引止まり射撃となり、ライフルではフリンチングで照準がズレとなり、50mでも危うい程度にしか命中しなくなってしまい、フリンチング未対策では100m射程が限界となります。


  10中距離射撃。
昨今の銃と弾には150mワンホール射撃が可能な精度があり、銃だけに撃たせれば高精度が出る筈です。

その為にはまず左手、銃を乗せるだけですが、発砲の振動で「落とさない程度」に握ります。
次に右手、グリップを握りますが、中指は人差し指と連動しており使わず、「薬指と小指」で握ります。

次が肩、肩にしっかり当てますと、発射直前に体が硬くなり銃が動いてしまいます。
その為、肩には「軽く接する程度」とします。

次が引き金の引き方、そっと且つ徐々に力を入れて行きますと、どの位の力で何処の位置で引き金が落ちるのか分かります。

そしたら銃のブレのタイミングに合わせて「最小ストロークで最小の力」で、「ソッとですが一気に引き金を引き」ます。

つまり「持たず」「握らず」「当てず」「引かず」+「そっと撃つ」と言う事になります。
撃つ前にこれらを心の中で「お呪い」の様に呟いてから撃ちます。この「お呪いは非常に有効」であり、これを実行する様になってから失中は無くなりました。失中の原因はこの「お呪い」を忘れた事にありました。
これで150~200m射撃がOKとなります。

ライフル銃の意義は150m以遠の射撃が出来る事にありますが、フリンチングで照準がズレない様な撃ち方を必要としています。
従って「ショットガンの様に反動を押さえ込む事は不可能」であります。

ライフル銃を生かすも殺すも、銃だけに撃たせる事に徹すれば良いのです。150mワンホール射撃や300m遠射を達成させるには、フリンチングを根本的に無くす必要があります。

銃発射の際のフリンチング無しで撃てれば、昨今の銃と弾の性能からすれば、ワンホール射撃が自然に達成され、他の多くのテーマは順次解決されて行きました。

ライフル銃は発射の銃だけに撃たせていますので、反動に依り標的を1度見失ってしまいます。
銃は古くから肩に正確に当ててから照準をする物と考えられていました。

その為に連射は肩に着けたまま出来る自動銃が1番適していると思われていました。自動銃派のケンさんもそう考えていました。

しかしH&Kオートで、走る鹿を100頭以上捕獲しましたが、有効射程は50m、1頭捕獲には5発強を要し、余りパッとした物ではあらずでした。

オートの連射では1度スコープから消えた「目標の再補足は思ったよりも時間を要し」、そして早く再補足しようと言う「焦りの心」が生まれてしまいました。

一方ボルトの再肩付け射撃は、撃った瞬間に銃を肩から降ろし、その間も体全体が追尾を続け、目標を見失なっておらず、ボルト銃の再肩付「スナップスイング射撃」は結果的に射速度でオートより速くなり、また「焦り心」の無い射撃が出来、命中率は著しく向上しました。

ボルト銃のスコープ専用銃は有効射程距離が4倍の200m、遠くなっても1頭捕獲必要弾数はオートの1/4の1.4発/頭、「ボルト銃はオート比コスパ16倍のあらゆる場面で最強の銃」と言う事になりました。
5発5中チャンレンジブローニングBAR
5発5中チャンレンジサコ―75バーミンター
長年やって色々判った事は、「市販銃と安売弾でワンホール」が可能だった事、「マグナム弾有効性は皆無・308で楽勝」だった事、「オープンサイト・ピープサイト・オートライフル・スコープ非専用銃は使物にならなかった事」があります。

更に「スコープ専用銃」は「スナップ&ランニングショットが得意」、「ショルダー急所は超優れていた事」、ランニング連射が不能な「ライフル銃は連発機能が不要」だった事でした。

24年間で出猟735日、スクールガイド278日、シーズンに平均出猟42日、自らエゾ鹿を1051頭捕獲、更にオマケでヒグマ6頭を捕獲、狩猟と銃の事以外を考えず、そして全ての目標達成には13年を要した、それがケンさんのエゾ鹿猟でした。


  11迫力負けと恐怖負けの克服。
「迫力負け」は射手よりも大きな体格の獲物と勝負する時、「戦う前から相手の迫力に負けて」足が地に着かない射撃なってしまいます。

本州鹿相手では起こらない現象の一つです。
当初は小型でも3段角である事だけで起こります。

5度以上対戦すれば、獲物の大きさにも慣れて来ますが、「20%相手がデカくなるとまた再発」すると言う厄介な現象です。

ケンさんスクールでは1日5回の勝負が可能で、何だかんだで「10回の失敗を体験した後の3日目」に、比較的近距離で小型の獲物に出会えた時に「初捕獲が記録」されました。

迫力負けは「小型3段角」「中型3段角」「角長70㎝を超える大物」そして「角長80㎝を超える超大物」と「4ステップで起こり」ます。

前半は対象の鹿が多く、対戦数を熟せば自然に迫力負け対策が生じますが、超大物だけは生息数が少なく、「イメージトレーニングが必要」となります。

エゾ鹿超大物クラスは「出会い数が少なく」その習性上「遠距離に出現」し、更に多くのハンターから射撃を受け学習しており「照準時間を十分もらえず」、被弾強い為に「一段と正確な急所ヒット」が必要です。

ケンさんスクールでは超大物出会いは約5%あり、計算上は4日に1度勝負出来るのですが、捕獲成功までは平均で4日猟の6回目の22日間を要し、成功者は僅か5名に留まります。

しかも3名はマグレで捕獲成功したに過ぎず、その後も迫力負けを繰り返しています。
そう言う事から超大物戦には「イメージトレーニング」の併用が不可欠となります。


  12即倒率100%の急所、ナミビアポイント。
迫力負けの対策前に、急所の概念を変えて置きます。
一般的な急所は「心臓ポイント」「ネックポイント」「ヘッドポイント」等があります。

これらは何れも「即倒」しますが、かなり小さなポイントを正確に撃ち抜く必要があり、実用性能が余り高くありません。

色々試行錯誤の結果、肩甲骨の小さな丸のショルダーポイントは即倒率が圧倒的に高い事を2007年に発見しました。
5発5中チャンレンジ
  前足軸政情の背骨との交点周辺は即倒率100%
そして2009年ナミビアのガイドから教わった内容で、やや後方にずらすと更に広いヒットエリアで即倒する事が判明、これを「ナミビアポイント」と名付け、「無敵の急所」となりました。

この周辺ヒットで100%即倒しますが、10~20%は10~30秒後に再び起き上がり逃走してしまいます。対策方法は倒れている内に、急所である必要は無く、上半身にもう1発撃ち込む事です。

ブッ飛んで逃げる心臓ポイントに比べれば対処は非常に簡単となり、ケンさんはこの「ナミバポイント」のお陰で 2007年より超大物捕獲成功率が4倍に向上し、スクール生徒でも超大物捕獲が可能となりました。


  13迫力負けのイメージトレーニング。
迫力負け対策は、まず大物鹿に目を慣らす事から始まります。家中の色々な場所に色々なサイズの写真を張り付け、これに向け、スナップショットや中距離射撃や遠距離射撃をイメージし、速やかに ナミビポイントを撃ち抜ける様にドライファイアを繰りします。
5発5中チャンレンジ5発5中チャンレンジ5発5中チャンレンジ
どんなに焦っていて足が地に着かない 状態でも、速やかにナミビアポイントを撃ち抜ける様に、トレーニングをひたすら繰り返します。
5発5中チャンレンジヒグマウォーキング、心臓の固定待ち射法
同様のトレーニングをヒグマ写真で行えば、ヒグマの「恐怖負け」対策にも使えます。
恐怖負けは「迫力負けより症状が酷く」、体が動かなくなり、「何も出来ないままヒグマに一方的にやられてしまい」、命を落とす事になるかも知れません。十分なトレーニングが必要です。


  14地獄の特訓の思い出。
振り返れば少年の頃は発達障害に依る体力不足や各種音痴問題から、ずっと遊びも勉強も一般的 コースを避け、無難で楽なコースばかりを目指していました。

部活も当時最もマイナーだったバレーボール部に名前だけ所属のつもりだったのですが、そこがまさかの「名門クラブ」、絶望的なトレーニングの日々を送る事となりました。

自分で選んだコースですから、尻尾を巻いて逃げる事はせず、通りの良い辞める方法をずっと考えていました。「尻尾を巻いて逃げる事は男として最低である」とケンさんは母から教わっていました。

ここで開花したのが「開き直りの心」、絶望的なトレーニングでしたが、「エマージェンシーパワー」を出す事を身に付け、これを乗り越えました。

これは言葉で言うほど簡単なモノではなく、心の底からの生存本能の「開き直り」が必要でした。あの地獄の特訓はそれを引き出す儀式だったと言えました。

一口で言えば体力や精神力を超えた「シゴキ」と言う事になりますが、「虐待」や「パワハラ」ではありませんでした。シゴキは1年上の上級生が行いますが、上級性も指導が至らなかったとして、一緒に「シゴキ」を受けるのです。

しかし「エマージェンシーパワー」をすでに得ている上級生は全員が涼しい顔を してそれを30分でやり遂げますが、新入生は必死の形相、2時間頑張ると当日はそれで終了です。
 
新入生全員がやり遂げれば、その「シゴキ」はもう行われなくなります。
結果的に言えば、「90%が逃げ出し」、やり遂げた生き残りは10%程度となります。

多数決が正しいとするならば逃げた人達が正常、残った人達は異常と言えます。
しかしその「異常者」は人間として「一皮剥けた清々しい風格」を持ち、言葉を変えれば、「不可能を可能にした成功者」と言えました。

ケンさんはこの時から「不可能にチャレンジする事」人生が始まった気がします。
そんな時、世界的な「狩猟ブーム」が日本にも及び、1970年ケンさんもこれに飛び付きました。

「銃があれば獲れる」と思っていたのは、しっかり甘かったと知る事になりました。
この世界も「80~90%がその理由で落ちこぼれ」ます。それが「正常者」の行動と言えました。

しかしここでもケンさんは自分で選んだコースですから逃げ出さず、「不可能を可能にした」成功者となりました。

そして数年後には「多くの不可能と思われていた項目が可能」となり、「カモ撃ち」で稼いでいました。

10年もすると炉端屋や焼き鳥屋は「中国加工品の過熱」だけとなり、カモは売れなくなり、「本州鹿猟」メインに切り替えました。これも予想外に強敵でした。




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Posted by little-ken  at 16:31 │ハンティング銃と弾